序章 手繰る運命、紅い糸

アリアス国特別部隊専用鍛練室

 既に日も落ちかかろうかという頃、アリアス城の一階にある国軍の鍛練室に伝令係が飛び込んで来た。
「上層部より、伝達がっ」
 一人を除いて、室内にいた男たちは皆、何事かと振り返る。その男はかなり急いできたのか、かなり息を切らせている。浅い呼吸を繰り返し、そして深く息を吸い込んで、漸く(ようやく)告げる。
「……ティア……セオラス殿」
 その言葉に、今まで何事もなかったように唯一鍛練を続けていた青年が、視線だけを寄越す。
 それを確認したのか、男は言葉を続けた。
「今日の……鍛練が終わり次第、本部へ来るように……と」
何か考えるところがあるのだろうか、一呼吸置いて青年は言う。
「……分かりました」
 セオラスと呼ばれた青年はあまり動じた様子も無く、事務的な口調であったが、伝令係はその答えを聞いて頷き、そしてすぐにその部屋を後にする。
 室内にはセオラスと呼ばれた痩身の青年の他に、彼と同じく軍人である筋骨隆々なマッチョが数名いた。
 そのマッチョ達の中でも特に大柄な、セオラスの一番近くにいた男が話しかける。彼の名はゾーサス。年の割に薄い髪の毛が同情を誘う。
「おい、ティア。お前何かしたのかよ? 上層部からお呼びがかかるなんてよ……」
 好奇心と少しばかりの不安が混じった声だった。
「……」
 青年は黙り込んだまま考えるが、思い当たる節はない。その沈黙に耐えかねたのか、ゾーサスは言う。
「……そうか……お前に心当たりはないか。……じゃあ、何だろうな?」
「さぁ……俺は知らない」
 ……いよいよどこか田舎にでも飛ばされるのかもしれないと思う。特に手柄も上げていないし、当然といえば当然なのだが……。
「まっ、ここをクビになったら俺の実家(うち)に来いや。実家(うち)は城下にある宿屋だかんな。お前なら大歓迎だ」
 ゾーサスは青年の肩を叩きながら、がっはっはっと笑う。見ていて気持ちの良い笑顔だ。しかし、マッチョなので、叩かれている肩の関節が外れそうなくらいに痛い。
「……早く、トレーニングをしろっ」
 その笑顔を振り払うように短く言い捨てる。
「何だよぅティアー。連れねぇなぁ。せっかく、俺がこーんなに親切に言ってやってるっていうのによぉ」
「……気色悪い。俺に近付くなっ」
「ちぇっ、ティアちゃんってば冷たいんだからぁ。おにぃさんさみしぃー」
 うふっと言わんばかりに、ゾーサス唇に人差し指を立てて言う。他のマッチョ達が一斉に笑い、セオラスは寒気(おかん)がして、ぶるっと震えた。

アリアス城謁見室

「わたしが、……ですか、お父様?」
 人払いをした室内、静まり返ったその中に、今は二つの人影のみが存在する。その一方、小さい方の影が驚いた風に声を上げた。
「あぁ、そうだ。頼む……ロナ。……この世界では、お前だけが頼りなのだよ」
 諭すように告げる。
「どうして……ですか? 何故わたしが……」
 うろたえる少女の瞳は、左右色が違った。その色は、闇の中で見るとぞっとするような魔的なまでの紅と深い海の底のような蒼。
「そう……わたしでなくとも……。それは、お姉様では不可能なのですか?」
 湧き上がる疑問は幾つもあった。真っ直ぐに父を見、そして問い掛ける。その二色の瞳に射られて思わず、現国王アリアス二十三世は竦(すく)んでしまいそうになる。
 だが言わねばならない。それがこ国の王として、一人の少女の父としての責務なのだろう。
「あぁ……あれの封印を解くことができるのはお前だけだ」
 王はそう断言する。二色の瞳が不安に揺れる。
「それは……どういった条件の下(もと)で、なのですか?」
 訊くのは怖い。だが訊かないと……事実を知らねばならない。
「……其方(そなた)には」
 短く息を吸ってから、娘を見遣る。何度経験しても、この瞬間は嫌いだ。心が凍り付いてしまったように冷たく、鉛のように重い。
「……他の者には無いモノを持っているであろう?」
 その言葉に、少女はびくりと震えた。
「他とは異(こと)なる者が現るる時、その歯車は回り始めん。鍵を握りしは、世界を変える者」
 それは古の伝承。
 だが……。
「だからな、ロナ……頼もう。一国の主として、この国を……否、そんな生易しいものでもあるまい。儂は、この世界に住む一人の人間として、願う。其方(そなた)の全てを懸けて、……この、世界を救ってくれ」
 そう言って王は、娘に懇願した。
「……」
 王女は息を呑む。そして、考える。
 自分という人間を。他の者とは違う、異なる存在……。この瞳が、普通ならば良かった。両の目が色違いでなければ良かった。
 父だけではない、きっとこの城の誰もが皆、そう考える。
 わたしは、異端だと――
 結論は直ぐに出た。
 深く呼吸をしてから、ロナは声を発す。
「……分かりました、お父様」
 それでも。
 父にだけは言われたくはなかった。この世界で唯一の、血の繋がった親である父にだけは――
「……わたしで宜しければ、この国でしょうと……世界の全てでしょうと、救ってみせましょう。……そう、例えこの命に代えてでも」
 諦めにも似た感情を呑み込んで、二色の瞳の王女は傲慢とも言える微笑みを父王に向けた。
 もう、迷いはなかった。

アリアス国軍上層部

「ティア・セオラス、参上致しました」
 軽く一礼をして、セオラスはその部屋に入る。ここはアリアス国の所有する軍の会議室だ。普段は軍の上層部に当たるお偉いさんが常駐している為か、城の端にある外堀に面した鍛練室とは違い、城の中央辺りに位置する。
 この部屋から鍛錬室までは結構距離異がある為、伝令係は相当な距離を走ったに違いない。現在、その部屋の中にいたのは数人のお偉いさん方だったが、一々名前なんて覚えていない。
「何の用でしょう?」
 ティアは短刀直入に訊く。
 部屋の奥に腰掛けていた男は咳払いをして、あからさまに嫌そうな顔で言う。
「ティア・セオラス。今日ここに呼んだのは、お前に任務を与える為だ」
 セオラスは、年の割に剣術に優れており、軍の中でも上位を争う程に強い。しかし、仲間とは常に距離を取り、上官であろうと、人を寄せ付けないような態度であった為、軍の上層部からは煙たがられていた。だから腕前は良かったが、何の役職を持てず、何故か筋肉勝負のマッチョ部隊に所属していた。その俺に、任務?
「任務、ですか?」
 訝しげな表情(かお)を向ける。解雇なら分かるが、任務だと……?
 内容を把握する為、次の言葉を待つ。
「そうだ。受けるか?」
 しかし、予想とは違う、それは問いかけであった。その言葉はあまりにも唐突で、受けるも何も、どういった任務なのかすらも教えられていないというのに。
 だから言う。
「任務内容は」
 だが、その声は途中で遮られ、矢継ぎ早に問われる。
「受ける、というのが決まれば教えてやる。何しろこの任務は、国王直々の任務なのだ。その内容を、請け負う当人以外に明かせるはずもあるまい。それを頭に置いた上でもう一度問おう。この任務、受ける気はあるか?」
 ティアは少しだけ考え込む。
 国王直々の、任務を……俺に? セオラスの脳裏に疑問が横切る。
 だが、次の瞬間ふっと笑う。しかし、だからといって表情に出したりはしない。
「期限は如何ほどでしょうか?」
 セオラスは、表情を変えずに問うた。
「明日から……無期限だ」
 上官の一人がそう言った。
「明日、からですか……」
 少し急な話だな、と思ったが仕方があるまい。これは、体(てい)のいい厄介払いに違いないのだから。
 どの道、ここにいても無駄なのだ。ここに来て大分経つが、一度も彼に接触することは叶わなかった。だから、一旦頭を冷やして、他の方法を探る方がいいのかもしれない。
 それに、ここで断れば二度とこの場に来ることも無いだろう。彼の中で、答えはもう、決まっていた。
「分かりました。俺で宜しければ、お引き受け致しましょう」
 その声だけが、静まり返った会議室内に響き渡った。

あとがき

2010/03/21
リニューアルに当たり、改修しました。文章を短く、改行する癖があるので、少し長めにとるようにしました。
2007/08/04
ちまちま修正もかねて掘り起こしました。
日本語は。楽しいけど難しいです。

本編クリックで開閉

短編クリックで開閉

漫画クリックで開閉

その他クリックで開閉

拍手する