37章 紅い瞳の願い 001
「それで、マリー」
進言に従い、身体を休める為に、ベットに横になったまま、ロナは話をする。
今は、ティアのことを考えている場合では無いはずだ。
「彼女は、自分で自分のことを過去の遺産だと言った。それ以上のことは教えてくれなかったけど、何か関係はある?」
「過去の、遺産……」
「ええ、そう。確かにそう言ったのだけれど、それ以上は言えないと。理由は、私が、彼女の敵か味方か分からないからだそうよ」
「……」
マリーは視線を落として考える。
ロナはその様子を横目で見ながら、言葉を続ける。
「もし、何か知っているなら教えて欲しいわ」
これは憶測だけれども、彼女が最後に言ったように、再び会うことになるのだろうとぼんやりと思う。
それがいつなのか、どういった形でのことなのかは分からなかったけど、でもおそらく再会するのだろう――
「申し訳ございませんが」
予想通りの答えに微笑む。
「そう言うのだと思ったわ」
マリーが顔を上げる。そのほんの少し赤みを帯びた瞳が、ロナを映す。
「だからね、あなたの主に会わせて」
「それは」
「不届きな侵入者に、大切な人質を危害を加えられてからでは遅いのではないかしら?」
少しだけ傲慢に、ロナは告げる。
「……」
「身体の心配は要らないわ。幸いにも、貴方が来てくれたから、今のところは何も危害は加えられていないもの」
マリーは下唇を噛む。
「でもそんな貴方に心配されるのは悪くない気分よ。……嬉しいの。だから、今晩は大人しく休むわ」
ロナは微笑み、そして深呼吸してから告げる。
「出来れば、明日の面会を所望するわ」
それは有無を言わさぬ、声音で、マリーは驚く。
いつも怯えて暮らしていた自分に、偉そうな物言いが似合わないのは知っていたが、それでも、この場は譲れないのだ。
だって早く外に出て、またみんなと一緒に旅が出来たらどんなに幸せだろうか、なんて、そんな風に思ってしまう。
だから、早く自分の現状を把握して、ここから開放される方法を探らないといけない。
「ねぇマリー?」
「はい」
「貴方の主様に伝えて。私は、貴方に会いたいって」
「!」
「お願い」
片方だけの紅い瞳が、真っ直ぐに自分を見つめる。
その視線が、過去にあったある光景を思い起こす。
背中まで伸ばした髪は、病気のせいで弱って芯が無くなり、すぐに絡まってしまうと、あの人は笑って言っていたけれど、すぐに咳き込んで、いつも最後まで言葉を言えなくなってしまっていた。
背中を擦っても、その痩せた身体は可笑しなくらい骨ばっていて女性特有の丸みは微塵も感じられなくなっていた。その肉の無さに驚いて、怖くなったけど、ただの女官でしかない自分には何も出来なかった。それが悔しくて、彼女のいない所で毎日泣いていた。
そんな彼女が最期に、私に願ったこと――
彼女と同じ色の瞳の王女が、同じ呼び名を使って、自分に願うこと――
そんな願いを断れるはずもなく、マリーは折れた。
「……御意」
ロナはそれを聞いて、ありがとうと言って笑った。
あとがき
- 2013年07月16日
- 初筆。
珍しくロナが独りで喋ってる。