20章 罰 001
退室を申し出たものの、目的の物はとっくに見つけ出していたし、特にすることも無く、ロナは屋敷の外に出た 。
「叔父様」
そんなに大きい声でもなかったが、叔父は呼ぶとすぐに来てくれた。どうやら屋根の上にいたらしい。
「どうだったでござるか? ロナ」
「ティアが来てくれた……わ」
サーファが出かけている間に探して欲しい物があると言われて、ロナはあの部屋に行った。
「良かったでござるな」
叔父はティアが来ることを知っていたのだろうか。
「ええ、嬉しかった」
えへへっと笑って誤魔化す。それは嘘ではない。
だが彼は、婚約者だという女の子と一緒にいた。
「サーファは?」
「彼ならもうすぐ来るでしょう」
「そう、分かったわ」
ござるは何も言わなかったが、ロナの作る表情は傍から見ても、とても痛々しい。
そして、何もしてやれないことをもどかしく思う。
何度か味見を繰り返して、そのスープは出来上がる。
「ルゥ様、先程教えた魔法を決して忘れないで下さい」
滋養に良く、薬にもなる葉っぱを入れたそれは、とてもいい匂いがした。
「うん、おいしそう!」
ルゥは、サーファの傍に来て、鍋の中を覗き込む。
「それと、スープはもう少し煮込んだ頃が食べ頃です。ルディが起きたら、彼女にも食べさせてやって下さい」
「うん!」
ルゥが元気に返事をする。
「では、私は用がありますので」
サーファは上着を肩に掛けて退室する。
「あぁ……先程の魔法は、話したい相手との距離が離れば離れる程、身体にかかる負荷が大きくなります。それだけは心に留めておいて下さい」
付け足しのように顔を覗かせてから、彼はその場を離れる。
うん、と頷いて、ルゥは鍋が焦げ付かないようにと、ゆっくりとスープをかき混ぜ始めた。
「来たでようでござるよ」
叔父が教えてくれた方向に視線を遣る。
確かに、サーファ・スティアスがこちらに向かって歩いていた。
「ロナ、お待たせいたしました。騎士殿との再会は無事にお済みでしょうか?」
やはり彼が仕組んだのだ。
「……ええ」
「それは安心致しました」
サーファは口の端を上げて言う。
「その口調、止めてって言ったでしょ」
昨日までと違って若干余所余所しい。
「彼等の前では私も体裁、というものがありますのでね」
彼は苦笑する。
「申し訳ありませんが、暫く我慢して下さい」
彼の言葉の底には、思いやりが感じられる時がある。
ティアに会わせてくれた訳だし、少しぐらいは彼の都合を聞いてやるべきなのかもしれない。
「……分かったわ」
敬語を使われると、嫌でも昔を思い出してしまうのだが――
「それで私は何をすればいいの?」
「例のものはございましたか?」
「ええ、ここに」
ロナが差し出したのは蒼い石のついた小さな指輪だ。
サーファがそれを受け取り確認する。
子供用なのか、それは指に通すには小さすぎる。
「ありがとうございます」
ロナはサーファに頼まれて、この指輪を探したのだ。その後、ティアに会った。
ロナがティアに会ったのは、この指輪を探していたロナと、たまたま本来の主の屋敷に訪れたティアとが、偶然に出会ったと、そういうことになっているのだ。
そうでなければ、彼女に申し訳が立たない。
サーファはその蒼い石にそっと口づけて、懐から取り出した細い銀の鎖に通す。
「これを首に」
「私が?」
サーファが頷いて、指輪のついた鎖をロナの首に掛けてやる。
その為には必然的に近付いてしまうのだが、免疫の無いロナはすぐに真っ赤になってしまう。
こんな距離、近付き過ぎて心臓の鼓動が聴こえてしまいそうだ。
だから、静けさを誤魔化すために話を振る。
「貴方……お城には?」
部屋に篭りがちだったからなのか、直接彼を見たことはなかったはずだ。
「そうですね、あまり……。報告やら、そういった事務的なものは全て部下に任せてあるので。私は現地が主ですね」
「やっぱりそうなのね。お城に……貴方がいれば良かったわ」
「何故です?」
「貴方は、私を異端だとは言わないから――」
視線を落として答えた。
「紅蓮のルビーと大海のサファイヤ。その二つの宝玉を、生まれながらに手にした貴方を、私(わたくし)は羨ましく思いますが」
思わず顔を上げる。そんな風に言われるのは初めてだった。
頬が変に熱い。
「それに、貴女のような可憐な姫君がいると知っていたなら、毎日でもお顔を拝見しに行きましたのに」
本当は黒色だという彼の紅い瞳が真っ直ぐにロナを見る。
チャリと鎖の音がする。
「指輪をなくさないように。いつか貴女を助けてくれるでしょう」
サーファはそう言って、ロナの髪を指で鋤(す)く。
「髪飾りなどつけてみてはどうです?」
「……え?」
「私が見繕って差し上げましょうか?」
サーファがにこにこしていると、寒気がするのは気のせいだろうか。
「い、いいわよっ」
「遠慮など無用ですよ」
「遠慮なんかじゃないわよ! これは拒否! 」
ロナは少しばかり声を荒げる。そして用は終わったとばかりに、身体を離す。
サーファの趣味は自分には似合わない。
今着ているような、白いレースをふんだんに使った服はもっと可愛くて、綺麗な人が着るべきだ。
たとえばラムアと名乗ったティアの婚約者さんとか……。
「非常に残念ですが、まぁいいでしょう。貴女には色々して頂かなければなりませんから」
「ええ」
ロナは安心したように、静かに瞳を伏せた。
「叔父様はルゥに付いていてあげて」
ござるは、誘拐されたあの日からずっと、ロナの影のように傍にいてくれる。
「それは駄目でござるよ。大事な姪御を危険に晒すわけにはいかないでござる」
ロナのすることには滅多に反対しないござるだったが、こんな状態で、彼女を一人にする訳にはいかない。
「心配しなくても、私なら平気よ」
あの痛々しい笑顔で。
「……サーファ・スティアス、貴方が守ってくれるんでしょ?」
違う、ロナの騎士は彼だ。
黒髪の、感情の表し方を知らないような、あの青年――
「御意、殿下」
応えるのは違う声。
「ロナっ」
我慢などしないでいいんでござるよ。
「いいの。叔父様だけが頼りよ……。私の弟(ルゥ)を頼むわ」
それ以上の言葉を拒むように、ロナはござるに背を向けた。
あとがき
- 2011年07月01日
- 改訂。
- 2006年04月18日
- 初筆。
サーファに口説かれたらロナなんてイチコロさ☆