31章 行く末 002

「では、まずここを出ましょう」
「その前に質問なんだが、ここは、一体」
「……愚問ですね。今話したところで、貴方には理解出来ないでしょう?」
 ラグは小首を傾げてそう言った。
 だが、周りは暗闇なので、サーファにはそれらの動作を視認することが出来ない。
「……僕が魔法使いであれば、理解出来る場所という認識でいいのか?」
「いいえ、私は魔法使いではありませんので、魔法の概念というものは分かりません」
「では」
「ここは魔法では無い、特別な空間」
「……?」
「ですが、全くの別世界という訳でもありません。そうですね……地理的には、ここは丁度、国の中枢」
「アリアス城か?」
「ええ、その地下にあたります」
「……そうか、それだけ分かれば充分だ。では今からどこへ?」
 理解が早くて助かりますと呟いて、彼は言う。
「まずは、因縁の地、シディアへお連れ致しましょう」
「因縁の地……か」
 自分は、何をどこまで忘れてしまっているのだろう。
 シディアは故郷であり、先ほど話にも出てきたラムア・ゼアノスの故郷であり、彼女と出会った場所でもある。
 ラグは、鞄から出した布を地面に広げる。
 暗くてサーファには見えなかったが、その布は複数枚あり、それぞれに違う模様の緻密な刺繍がされている。
「これは、魔法使いでいうところの転移の方法ですが、携帯用なので、行き先に制約はあります。ですが、発動が容易で、今回は問題なく使えるでしょう」
「ほう」
 その説明は、充分にサーファの興味を引くものであった。
「では、貴方は、そちらの端の円の部分の上に乗って下さい」
 夜目が、利く方だとはいえ、光源が一切無いこの部屋では、朧げな人物像くらいしか見えない。
「すまない、ここは暗くて何も見えないのだが、僕はどこにいればいい?」
「……あぁ、この領域には光がありませんでしたね」
 ラグは意外そうにそう言った。
「すっかり忘れていました」
「?」
「……そうですね、確か」
 ごそごそと鞄の中を漁る音がする。ほどなくして、薄く明かりが灯る。
「それは?」
「夜光石という、光を溜める石です。ティッピアでは至る所にあるもので、いつもは持っていないのですが、運が良いですね」
 その明かりは、本当に頼りないものではあったが、この暗闇の中では、心強い。
「ああ、助かる。これで少しは見えるよ」
 そう言って、サーファは視線を落とす。
 広げられていたのは少し広めの麻布で、見たことの無い文字と図形が描かれていた。
 そのすぐ隣にある裸足の足は、この暗がりの中でも分かるほど白い。
 その視線をゆっくりと上げる。
 ラグの肌は白く、耳の辺りでざっくりと切られた髪も白い。そして、口調にはそぐわず、年齢は子供のように見える。東の民特有のゆったりした衣装であったが、両目のあるべき位置は白い布で覆われ、瞳の色は分からない。
「目が、見えないのか?」
 もしそうなら、ここが暗闇であることに気付かなくても納得がいく。
「いいえ」
 ラグはゆっくりと首を振る。
「私は、視覚を使う必要は無いのです」
「視覚を使わない?」
「はい、正確には、使うことが出来ないと言いましょうか」
 僅かに微笑んだ気配がする。
「しかし、幸いなことに、私は特異な生まれ故に、実生活に困ったことはありません」
 ですので、気にしないで下さいと、ラグは断言する。
「……ふ、君は秘密主義が過ぎるよ」
 おそらくこれ以上訊いても無駄だと思わせる響きがあり、サーファは溜息にも似た声で呟く。
「一つだけ。……特異な生まれ、とは何だ?」
「流石、貴方は己を失っていても尚、理解が早いですね」
「前置きはいい、要点だ」
「それは、今、私がここで貴方と対面し、志を同じくしているという、その立場のことです」
「それは生まれながらに決まっていた、と?」
「ええ」
 薄く微笑んで、ラグは何も言わない。
「貴方とお話させて頂くのは、かなり興味深いものがありますが、……そろそろ行きましょうか?」
「そうだな」
 思うところはあったが、同意を示して、サーファは用意された布に乗る。
 人が二人が乗るには少し狭そうだったが、ラグは小さいし大丈夫だろう。
「これは魔法ではありませんので、おそらく貴方が本来の貴方であっても理解出来ない、そういう力でこの術は発動します。従って、移動中に目を開けていることはお勧め致しませんが、始まりの魔術師殿ですので、止めもしません」
「力、とは」
「私はこの通り、見たことがありませんので何とも言えませんが、その力というもの自体は、この世界を構成する物質そのものです」
「見たらどうなる?」
「理解出来ずに、気が狂ってしまう者もいるでしょうね?」
 貴方にその覚悟はありますか、と、そんな言葉を含ませる。
「……興味はあるが、そんなリスクがあるなら要らない」
「そうですか、意外です」
 ラグは感情の起伏が少ない。だから、本音を推し測るのは難しい。
「何とでも言え。僕がいなければ、この世界は滅んでしまうんだからな」
「え?」
 同時に自分で気付く。
「己を取り戻したのですか?」
「……いや、違う。何でもない」
 全てを失ってしまったのではなく、何かのきっかけさえあれば取り戻せるのだろうか?
「……そうですか、それは残念です。では、行きましょう」
 ラグが布に乗り、サーファの隣に並ぶと、腕が触れそうな程近い。
「あぁ、そういえば、……貴方の大切な妹は、転移の術を見ていましたよ」
「なん、だと」
 思わず頬が引き攣(つ)る。真横にいるから、ただでさえ分かりにくいラグの表情は全く見えない。
「どうして早くそれを言わない? それは危険なものなのだろう? なのに何故?」
 早口に捲し立てたが、ラグは動じた様子もなく微笑む。
「余程、妹が大切なのですね」
「な、に」
 思いがけない言葉に、ただ驚いた。
「そんな訳無い。あの愚妹が、愚かな行いをするなら、人として止めるべきだろう?」
 ラグはくすくす笑って言う。
「素敵なご兄妹ですね」
 その言葉は、本心なのだろうか。
「もうすぐ会えますよ」
 そう言ってラグは持っていた何かを握り潰した。
 パキリと、軽快な音がしたかと思うと、その瞬間、得体の知れない力に奔流される。
「シディアに……いるのか?」
 だが、ラグはその問いには答えず、一方的に話を続ける。
「彼女と再開する頃には、是非記憶を取り戻しておいて頂けると、非常に助かります。何しろ、我々にとって、貴方が救おうとしていた世界に関する知識は、必要不可欠なものなのですよ」
 そう言ったラグの声は、彼らの存在と共に闇に飲み込まれた。

あとがき

2012年10月04日
初筆。
サーファとラグが喋ると話がややこしくなって収集がつかなくなる……。
みんなと違って、サーファは内容を理解してしまうから、話が繋がってしまうというか……。
両方曲者だからかな……?

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