32章 秘めた想い 003
「あの、これ……僕のだけど良かったら使って」
手当てが一通り済んだ後、ルイザは、自分の荷物から服を一式取り出して言った。
兄の服は血まみれで、洗濯したら多少はどうにかなるかもしれないが、でも、きっと全ては落ちないだろう。それくらい、血と埃にまみれていた。
「あっちの上着で構わないよ」
だが、包帯を全身に巻いた兄はその服を受け取らず、まだ汚れの少ない服を手にする。
「ダメ、それは僕が洗濯しておくから、その間だけでもこっちを着ていて」
ルイザが持っているのは基本的に前開きの、男物のシャツだ。
女に見られると色々厄介だし、何より動き易い。
サイズも大きめだし、きっと兄でも着られるはずだ。
「嫌だ」
僅かに躊躇ったが、兄は珍しく、自分の意見を言った。
「どうして」
「嫌だ」
「理由は? 僕の服なんて着たくない?」
自分で言ったが、もし肯定されたらと思うと、少し涙が出そうだったけど、引く訳にはいかない。
「……言いたくない」
だが、兄の反応は、想像と違った。
「どうして?」
その煮え切らない様子を不思議に思う。
「言わない」
硬くなに拒否する。そんな風に考えたくのに、嫌な気分になって、つい言ってしまう。
「そんなに、僕のことが嫌いなんだ?」
肯定されるが怖くて、ずっと言えないでいた。
でも本当は、ずっと訊きたくて。気持ちが溢れ、言葉を吐き出す。
「お兄ちゃんは僕のこと嫌い?」
兄の偽物の紅い瞳を見つめた。本当は自分と同じ色のはずのその瞳は、二人の間を隔てる壁のように感じる。
兄は暫く何も言わずに、妹を見ていたが、観念したように、右手を差し出す。
「お前は昔から泣き虫だな」
兄の手が、僕の頬に触れる。指が頬をなぞり、その体温を感じる。
「……そんなことないよ」
どうしたのだろう、こんな風にすぐ近くで話すのはいつぶりだろう。
「僕のことは忘れてないの……?」
「忘れる訳が無いだろう?」
「じゃあどうして今日は、優しいの?」
「さぁ、どうしてだろうな」
兄は少しだけ微笑んで、その問いを受け流す。
ルイザは安堵して、言葉を続ける。
「でも、じゃあどうして着替えないの?」
だが、その瞬間、サーファの表情(かお)が強張る。
「……それは」
「それは……?」
生唾を飲み込み、兄の言葉を待つ。
「それは、……なん……けが」
「え?何?」
こんなに自信の無い兄の姿は見たことがない。
兄はいつだって、自信満々で、とてもかっこいい理想のお兄ちゃんなのだ。
「だからだな……」
だが、今日の兄は違う。言葉を濁らせるその様子は、とても自信が無さそうに見える。
「だから?」
不機嫌な顔をじっと見つめていると、黒い瞳が潤んでくるのが自分でも分かる。
サーファは盛大に溜め息をついて、それから不自然に視線を反らした後、観念したかのように言葉を漏らす。
「兄が、妹の服なんて着れる訳が無いだろう」
「え?」
ルイザはその言葉の意味を理解できずに瞬きをする。
「どうして?」
少し考えたが、結局先程と同じ結論に辿り着く。
「やっぱり僕のこと嫌い?」
「違う」
その否定の言葉に安心するものの、疑問は消えない。
「じゃあ」
「だから、そうじゃなくて」
僅かに苛立った声で、ルイザの台詞を奪う。
「……兄としての………その、プライドがだな」
一瞬、空気が固まり、思いがけず、大きな声が出る。
「はー? 何それ! ばっかじゃない?」
兄の紅い瞳が真っ直ぐにルイザを射抜く。
「バカとはなんだバカとは」
「ホントのことじゃないか!」
少し怯んだが、自棄になって言い返す。
「そんなくだらないこと気にして」
「妹の服なんて着たくないに決まっているだろう」
紅い瞳は真っ直ぐに、妹を見つめていた。
「……もしかして、今まで僕のことを蔑ろにしてたのって……」
「蔑ろになんてしていない。距離を置いていただけだ」
「そんなの一緒じゃないか」
「違う」
「でも、僕が」
「僕って言うな」
ルイザはむすっとして、反論する。
「そんなの、僕の勝手でしょう?」
ふいっと、そっぽを向いて拒絶する。
「お前が、そんな態度だから……」
「何? 僕がどうしようと、お兄ちゃんには、関係ないじゃん」
お兄ちゃんみたいになりたくて、昔から真似をしていた。憧れの兄に少しでも近付きたくて、努力をしてきたのだ。
でも、まだ認めて貰えていない。
「お兄ちゃんのバカ! 大っ嫌い!」
ルイザは機嫌の悪い兄に向かってそう叫んだ。
あとがき
- 2013年04月26日
- 初筆。
やっと書けた。ずっと書きたかった二人の関係。
お兄ちゃんと妹が仲直り出来るといいなぁ。