9章 さようなら 003
るぅ。
どうしていっちゃうの?
わたしたちのことがきらいだから?
わたしたちのことがきらいになっちゃったの?
ねぇ、どうして?
宿を引き払い、ご飯を平らげて、外へ出る。
聴こえたのはそんな折。初めは空耳かと思った。でも、耳に届いた声はやけに鮮明で耳から離れない。
「……ゥ……ルゥ……ルゥっ!」
べしゃりと地面に倒れる音がして、ようやくルゥはちらりと後ろを振り返った。
ほんの好奇心だった。
期待していた訳ではない。
期待などしてしまったら、後で地面がなくなってしまうような、そんな思いをするだけだ。
そんなこと分かっている。
だけど……本当は、心の片隅でそう望んでいた。
例え、絶望とその気持ちは表裏一体で……決して引き剥がせないものだとしても――
「ルゥ! 待ってよ……待ってってば……」
泣きそうな声で少女が叫んだ。
少女は、転んだ後に一生懸命立ち上がろうとしていた。
「……ラアナっ!」
ロナと繋いだ手を離してまで、少女を助けたいと願う自分がいた。
「ルゥ……」
金色の髪の子供が振り返ったことで、ようやく少女は安心したらしい。安堵の笑みを漏らして言葉を続ける。
「……よかった。追い付いて……」
ロナもティアもござるも何も言わない。黙って幼い二人の再会を見守っていた。
「ラアナ……」
……どうして?
そう訊きたくなるのを抑えて冷たく言い放つ。
「ボクに……何か用……?」
腹が、底冷えするように冷たかった。
「あのね」
なのに……ラアナは一生懸命立ち上がると、お花みたいな笑顔を浮かべて、ボロボロになりながらも毅然と立ち上がった。
「ルゥちゃまにお話がありますわ」
そして少し噛んだが、一生懸命に、どこで覚えたのかも分からないお上品な口調で話を続ける。
「……短くしかダメだから……」
本当は、一分一秒話していたくはなかった。
話せば話す程に、別れが辛くなるだけなのだから。
「お話は一言ですわ」
少女はいつもと違って、何だか威厳に溢れている。何だか不思議な気分だ。
「ルゥちゃま。あなたを、わが一座に招待しますわ」
それはまるで女王様のような口調だったが、少女が頭を垂れる。
それはとても優雅で、一分の狂いもなかった。
「招待……?」
正直ルゥは驚いていた。
まさか昨日まで自分がいた一座からの招待を受けるだなんて思ってもみなかった。
「ルゥ」
呼ばれて振り返ると金の王女様が笑む。眼帯で隠していない青い瞳が穏やかな光を宿す。
行っておいで、と――
ルゥは何だか心強くなってそれに笑顔で応えた。
「ボクの……ワタシの、仲間を同行してもよろしいですか?」
まるで歌劇の中の台詞のように会話が進む。
「ええ。もちろんですわ。今日の見せ物の全てはルゥちゃまのためにあるんですもの」
至極当然のように言われたその言葉がとても嬉しい。
だから言葉が勝手に滑り出る。
「その言葉、慎んでお受け致します」
一歩片足を引いて深く礼をした。
昔、ラアナといつか自分達も出れるようになればいいねと、そう言い合った。
一座(うち)の歌劇は国内でも人気が高かった――
お別れの言葉を。
別れの挨拶を――心に留(とど)めて、永遠に。
あとがき
- 2011年05月24日
- 改訂。
ラアナのキャラ違う(苦笑)
何か幼い……。 - 2005年10月25日
- 初筆。