22章 別行動 002

「サーファ、サーファってば、ねぇっ!」
 ぐらりと重心が動く。
 それに驚いて、彼は目を開けた。
 視界に飛込んできたのは透けるような金の髪と、蒼天の空。
 左右で色の違う瞳が心配そうに、こちらを覗き込んでいた。
「…………殿下」
「起きたのね……」
 どこか安心したように彼女は言う。
 彼は身体を起こして、周囲を見回す。
 見たことのない景色が視界いっぱいに広がる。
 そして何故か、身体の節々が痛んだ。
「……ここは?」
 訝しげに目を細めて彼は問う。
「分からない」
 王女の答えはある意味、明確だ。
「分からない、とは?」
 そう訊ねつつ、彼は視覚以外の器官をも使って周囲の様子を探る。
 水の流れる音がする。
「覚えていない……の?」
 不安そうな瞳で見つめられる。
「何のことです?」
 時の流れが、ひどく遅く感じられた。
「その……私に敵意を持った人たちの攻撃を避けて」
 そこで、彼はぶるっと武者震いをした。
「誤って川に落ちたでしょう」
 突嗟(とっさ)に彼は彼女を庇い、そしてそのまま流されたのだった。

「あやつは、やはり失敗したそうだな」
「はい。あの方に同行していた部下の話では魔法剣の使い手に殺られたと」
 その者は結構な手練(てだれ)なようで、部下は命からがら逃げ帰ったそうです。
「……そうか」
 男は何か考えているのか、黙り込んでしまう。
「次は、如何ように致しましょう?」
「……しばらく様子を見ようではないか」
 視線を上げてそう提案する。
「しかし、それでは……」
「反論は無用だ。だが、あれには見張りをつける。人選はお前に任せ……」
 男の青い瞳が、利的に輝く。
「否……あれを付けろ。確か名はラグだったか……」
「あのような餓鬼を、ですか?」
「そうだ。奴に報告を怠るなときつく言いつけておけ」
 不満と驚きの混じった顔を隠すように、臣下は頭を垂れて命を受ける。
「……御意」

 気付いたのがロナの方が先だったから、彼女は彼の身体を岸に引き上げ、そしてどうにか風を避けられるこの岩陰まで連れてきたのだった。
「火、点けられる?」
 薪は集めたんだけどねと笑う彼女は、今までろくに外に出たことも無い王女様なんだから、そういうことは出来なくてあたりまえなのに、少し申し訳なさそうにそう言った。
「……ええ」
 上着は脱がせてあったものの、やはり風が当たると、濡れた服が冷たく感じられる。
 魔術で炎生みだし、そして話しかける。
「殿下は、お怪我などありませんか?」
 言ってから、げほげほとむせ込む。
 肋骨の一、二本折れているのかもしれないと、どこか遠いところで思う。
「私は平気。貴方が守ってくれたから」
 その言葉に安堵して、僅かに微笑む。
「貴方は、大丈夫……じゃないわね」
 むせる度に背中を擦ってくれる手は、とても温かい。
「これくらい平気……です」
 もう少し、触れられていたかったのだけれど、彼は彼女の手をそっと離した。
 まずは位置を確かめねばなりませんねと、彼は立ち上がって、彼女に右手を差し出した。
「ありがと」
「いえ」
「そうだわ、火はこのままでいいの?」
「まぁ問題無いでしょう。すぐに戻りますしね」
「ならいいんだけど」
 ふと気付く。
 そんな心配をしている間に、手を離すタイミングを逃してしまったではないか。
「行きましょう」
 そう告げる彼は、もう弱いところなんて見せない。
 ロナはサーファに手を引かれるままに、その場を後にした。

あとがき

2011年07月08日
改訂。
2006年06月07日
初筆。

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