10章 大切な人 004

「……ティアおにぃちゃん」
 不安そうにそう呼ばれる。
 ティアがちらりと視線を向けると、紫の瞳が揺れていた。
「手握ってもいい……?」
 ボクはいらない子。
「駄目……だよね?」
 上目遣いにそう問われる。
 拒否しようと思った瞬間、主の顔が脳裏をかすめる。
 右手は剣を握らねばならない。だからティアは嫌そうに息をついて、ルゥに左手を差し出した。
「……ありがとっ」
 驚いたように目を見開いて、ルゥはその手に縋(すが)り付く。
 ルゥの手は案外冷たくて、ティアは少し驚いた。
 元一座の仲間達は昼の公演のために出払っていたので、この控室にはティアとルゥの二人きりだった。
「あの……おにぃちゃんは、何が好き? ボクはね、りんごが好きなの」
「……チーズケーキ」
 黙っているのがもどかしいのか、ルゥは静けさを紛らすようにティアに話しかけていた。ぞんざいに扱うと泣き出しそうなので、ティアも仕方なしに答えてやっていた。
「じゃあ、じゃあ……嫌いなものは? ボクはね、にんじんとトマトが嫌い……」
「……ロナ王女」
 ぼそりとそう呟くと、ルゥが反論する。
「えーどーしてー!? ボク、ロナおねぇちゃん大好きだよー?」
 心底不思議そうな顔で、ティアを見上げる。
「嫌い、というより苦手……か」
「苦手……?」
「ん……お節介だし」
「だから……苦手?」
「あぁ……でも、憎めないか」
「じゃあ……おにぃちゃんも……おねぇちゃんのこと、好き?」
「……どうだろ……な」
 嘲るようにそう言ったのに、ルゥは嬉しそうに笑った。
「そっかーじゃあボクと一緒だね!」
「……え」
 ルゥは勝手に納得して、にこにことしていたが、不覚にも、ティアは苦手な主と同じオーラを感じてしまった。

「ルゥを……預かっていただいたことに感謝します。そして……突然の申し出を承諾して下さってありがとうございます」
 怖くて。怖くて。
 でも、それではいけない。
 私は、血族の過ちを認めなくては。
 どうにか声を絞ってそう告げた。
「いえ、当然のことでございますよ王女」
 やんわりとそう告げる声は、思いがけず、温かった。
 だから恐る恐る顔を上げた。
「……ルゥは、よく似ておられる……貴方にも……あの方にも」
 団長はがっしりした体つきだったが、とても優しそうな青の目が印象的だった。
「母を……?」
 まさかと思った。
 彼女はまだ成人もしないうちに城に上がり、父と結婚した。
「まあ」
 団長は曖昧に微笑む。
「そう……ですか」
 この人は一体何者なんだろう。
「……貴方にお願いが。紅(くれない)を見せてはいただけないでしょうか?」
「左目……ですか?」
 慎重にそう問う。
 今、ロナは町で買った眼帯で左目を隠している。
 肯定の意を示して、団長は頷いた。
「……いい、ですよ」
 暫くの間考え込んでから、ロナは……異端の王女と呼ばれる少女は、それに手をかけた。
 ござるは姪姫よりも一歩下がったところで、事の一部始終を静かに見守っていた。

あとがき

2011年05月29日
改訂。
2005年11月16日
初筆。
ルゥが一番ティアと話してる! 
男同士の友情(?)って素晴らしい。

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