29章 始まりの魔術師 003
「始まりの……魔術師?」
不愉快そうな声でその言葉を反芻する。
「ですが、どうやら今の貴方は、そう呼ぶのには値しないようですね」
微笑みの理由は、サーファが魔法を使えなくなってしまったからだろうが、それを見ただけで分かるものなのかと思う。
それとも、今は無理でも、昔の自分なら分かったのだろうか。
だが、答えは今、無い。
焦燥感はただ、心をぐらつかせるだけで、何も得られはしない。
ラグと名乗った少年は、一呼吸してから、極めて事務的に、事実だけを述べた。
「……隻眼の姫が眠りに堕ちました」
隻眼……?
まさか……。
不安はおぼろ気な形を作る。
「……ラムア・ゼアノス……か?」
そう訊ねつつも、サーファは眉根を寄せた。
目の前にいる得体の知れない者と、彼女が知り合いなのか、と。
「双姫の護衛がついていますが、姫には何も伝わらないでしょう」
それが何を意味するのか、正しく理解できなかったが、本能の部分で警鐘が鳴り響く。
ちっと舌打ちをして考え込む。
目の前にいる少年が何者で、ここがどこかなんて後でいい。
まずは急ぐべきことがあるようだ。
「……僕は、何をすればいい?」
ふうと、息をついて問いかけた。
魔法を使えない自分に何が出来るだろうか、と。
紅の瞳が、強くそう問う。
強く、頭を打ち付けられるような頭痛がずっと続いていた。
サーファの問いに答えることなく裸足の足が、一歩前へ進み出て、こう訊ねる。
「何が、ございましたか? 貴方は人とは違うはずです。その貴方が、魔ほ……己を忘れてしまうとは……」
全く、その通りだった。
彼自身は覚えているはずもないが、何しろサーファが魔法を使ったのは生後すぐのことだった。
小さな魔力の暴走を、知らずの内に自分で制御し、両親を驚かせたのだ。
だから魔法は、彼の生そのものだ。
なのに――……
「わからない……」
視線を落として、使い物にならなくなってしまった両手を見つめる。
一体、自分に何が起こったのだろう。
酷く、心が取り乱された何か――
「だが……今は出来ることをしたい」
例え、自分が、自分自身――魔法を忘れてしまったのだとしても、それだけは、紛れもない本心ではあった。
「心までは忘れていない、ですか……」
長い沈黙の後、そっと呟く。
その呟きはサーファの耳には届かない。
「他は今はどうでもいいが……一つだけ、はっきりさせておきたい」
協力するとは決めたが、これだけは確かに訊いておかねばならなかった。
だから、ラグが頷くのを見届けて、こう訊ねる。
「君が、味方か……あるいは敵か」
少しだけ挑戦的に見つめた視線を、穏やかに受け止める。
「そう、ですね……」
少し考えてから、微かに微笑んだ気配と共に答える。
「少なくとも現時点では……敵ではないでしょう」
ならば……。
「ですが味方とも言い切れないでしょう」
断言しない辺りが正直臭くて、どこか安心する。
そして、遠くを見透かすようにして言葉を続ける。
「我々にとって、貴方の志は歓迎すべき事象であります。そして、貴方の物事を的確に見極め、予測する力は尊敬に値します」
こう、手放しに褒められるのもたまには悪くない。
「ですが……、貴方は『無』ではない」
「無……?」
「はい。これは推測に過ぎないのですが、おそらく貴方は……自分のことを過信し過ぎている」
まるで自分なら、その『無』とやらになれるというような言い方だった。
「もしも貴方が『無』になれたら、誰も、貴方には敵(かな)わないでしょうね」
僅か笑みを含んだ声で、ラグは言った。
あとがき
- 2011年08月01日
- 改訂。
要するにサーファはナルシst - 2006年07月8日
- 初筆。