38章 お別れ 001
転移の術の準備があるからと、ほんの一時だけ、自由時間が与えられた。
ティアはラムアにつきっきりだったし、ルゥとござるはラグについて行ってしまった。
何だか置いてけぼりを食らったような気がして、ルイザはそっと家を抜けだした。
とても懐かしい生家の周りを無意識に歩き回る。
ここには、あの両親を失った日以来訪れていなかった。
草木が不揃いに生い茂り、鬱蒼としている場所もあれば、枯れ草が撤去されずにそのままになっている場所もある。少し離れて場所にあるラムアの生家ですら人がいなくなって三年も経過しているのだ。それよりも前に住む者の失ったこの場所は、元々あまり人が訪れることは無かった。だからその分、荒れ方も酷い。
それでもこの家が残っているのは、時々兄が訪れていたのかもしれない。そこまで行動が把握出来ていなかったことに少なからずショックを受けている自分がいた。
だが、今はそれ以上に……。
先程伸ばした手は空を掴み、それが何故か心の片隅に引っかかる。
「ルゥ……」
ルゥはどうしてしまったのだろう。
何か得体の知れない焦燥感のようなものを感じて、両手を重ねて胸の前でぎゅっと握り締めた。
「ルディ」
急に後ろから声を掛けられ、びくりとして振り返る。
「お、お兄ちゃん……」
心なしか顔色が悪い兄の様子に、心配になって問い掛ける。
「どうしたの? やっぱり体調悪いの……?」
そうだとしたら自分の処置が甘かったか……。
「平気だ」
だが兄は頭を振って答える。
「そんなことより、お前に話がある」
「……え」
兄の体調は心配だったが、それ以上に、兄が自分に話……?
「話って……」
嫌な予感がして、ルイザは少しだけ後退った。
「何?」
紅い瞳でじっと見つめられる。
「……ルディ、お前はあのラグの移動の術の時に外を見たそうだな」
兄の声は心なしか低く、少し怖い。
「……うん」
あの時目を開けていたのは、正直少し後悔している。
「それは、危険を承知でか?」
「……うん、まぁ」
ラグはそんなことも言っていたが、その時は好奇心には勝てなかったのだ。
えへへと視線を反らして笑ってみるが、兄の突き刺さるような視線は、とても痛い。
どうやって話を逸らせばいいか考えてみるが、良いアイデアはすぐに出てこない。
だから、曖昧に笑んで視線を泳がせる。
「馬鹿妹め……」
サーファは拳をコツンと、ルイザの頭に当てて盛大に溜め息をつく。
「……心配をさせるな」
その声音は案外優しくて、驚いたルイザは視線を戻した。
「探究心はいつか我が身を滅ぼすだろう」
そう呟く兄の紅い瞳は、どこか遠くを見ていた。
「探求する、ということは常にリスクを伴う」
「うん」
「だから、それを抑制する術(すべ)も覚えねばならないんだ」
「……うん」
「ルディシア、お前なら出来るだろう?」
「……」
遠くにあった視線が、ルイザに向けられる。
「これは約束だ。お前はこれ以上危険なことをしない、そう約束するんだ」
厳しい声音がそう告げる。
「…………分かった」
その声音に追い立てられるようにして、ルイザは渋々頷いた。
「ならいい」
そう言う兄の声音が少しだけ和らいだことに安堵する。
だが、サーファは、そのまま何も言わずにそっぽを向く。
その横顔がどこか思いつめたようなそんな風に見えて、焦燥感に駆られる。
「どうしたの……」
その少しだけ伏せられた兄の紅い瞳が、ふいに上げられ、ルイザを映す。
びくりとして、一瞬息が詰まった。
「ルディ、暫くお別れだ」
その言葉が強く胸に突き刺さる。
ずっと会いたかった。側にいたくて、いてもたってもいられなくて兄を追いかけた。
そして今はこんなにも近くにいる。なのに。
「嫌だよ、お兄ちゃん」
折角こうして側にいるのに。どうして離れ離れにならないといけないの?
「どうして、そんなこと言うの?」
もう子供では無いのに、子供のように我儘な欲求が全身を支配する。
「嫌だよ……どうして……」
だが、兄は何も言ってはくれない。
縋り付くようにして、兄の腕を掴んだ。
「お兄ちゃん!!」
「ルディ」
それは諭すような落ち着いた声だった。
その声が、全てを拒絶していた。
見開いた両目をゆっくり閉じて深呼吸する。
「……すぐ会える?」
何を言えばいいのか、それとも何も言わない方がいいのか分からずに、それだけを問う。
その問い掛けに、兄は静かに微笑んだ。
「いい子にしてるんだ」
それが兄の答えだった――
あとがき
- 2013年09月10日
- 初筆。
サーファとルイザのさよならフラグ。