置き去りにした想い
忌まわしく体内を流れる血潮は、どこかで同じだった。
思い出してはいけない。
たった二人きりの血の繋がりを。
汚さないようにと、切り捨てた。
あの血の繋がりを。
僕にはわからない。
今すべきことも、何をすればよかったのかも。
血の繋がりは、彼と彼女の外見を似せた――
「……っ……!」
ガキンッ!
剣が弾き返され、空を舞う。
鋼の軌跡が弧を描き、そして彼の足元に突き刺さる。
寸前のところでそれを避け、すぐさま引き抜き、相手との間合いを図る……はずだった。
「遅い」
静かだが、芯の通った声が耳に届いた。
そして、鋼の刃先が背後から、首筋に当てられる。
「…………っ」
冷や汗かは分からないが、水滴がこめかみから首筋へと伝う。
「降参じゃな?」
僅かに上ずった、耳障りの良い声だった。
彼は思案に思案を巡らせて、次の一手を考える。
「うん……。降参」
首筋に触れる剣先が僅かに緩んだ隙に、思いっ切り足を振り上げ、そしてその勢いに任せて、後ろに蹴りをかます。
「……なんてするわけないだろっ!」
ダメージなどを考えずに、僅かな隙が重なった瞬間を見計らって、男の腕の中をすり抜けた。
そして剣に手を伸ばす。
降り被ってきた鋼の刃(やいば)を掴み取った剣で受ける。強い衝撃が骨を伝わって、脳髄まで響く。
押されないようにと白刃の背に、左手を添えた。
「……っ……!」
男の力は強く、両刃の剣に触れた指は紅く染まる。
「悪あがきなんぞせずに、降参せい!」
手首を返して、少年の手から物騒な物を弾き飛ばす。
「あ……っ」
少年の視線がそれを追い、今度こそ手の届かないところに落ちてしまったのを見届ける。
「……降参」
少年の頬には屈辱のために朱が差した。
と、同時に拍手喝采が巻き起こる。
「流石だなサーファ」
と彼らは口々に褒め称える。
「どこがなんだよ」
不機嫌に睨み付けると、さっきとは別の男が、わしゃわしゃとサーファの斑の髪を撫でまわす。
「あの隊長を驚かせたんだぞ?」
降参に見せかけ、サーファは足掻(あが)いた。
但し、それは失敗に終わったのだが。
「お前には可能性が見える。お前は俺達の期待の星だ!」
そうだそうだ、と回りの奴らも囃(はや)し立てる。
快活な笑い声がいくつも耳に届いた。
「そうじゃな……儂にはまだまだ届かんが、いつか越えられるかもな」
先程剣を交えた男も言う。まるで孫を見守るおじいちゃんである。
「……ばっ……馬鹿にするな!」
少年は顔を背(そむ)けるようにして立ち上がると、自分の剣を拾い、そして柄に納める。
悪い気はしない。だが――
「僕はまだ……」
誰にも聞こえないように小声で何事かを呟く。
「サーファ。その手を手当てしたら、昼飯までに俺ともう一本やろうぜ」
「あ……うん」
頭(かぶり)を振って、邪魔な思考を振り落とす。
先刻切れてしまった皮膚からはまだ血が出ている。
幸いにも表面が少し切れただけで、軽傷だ。
この時、その少年はまだ十六歳だった。
本部に所属する軍人の中では最年少ではあったが、入隊試験を首席で合格し、この部隊に配属されたのが数ヵ月前。
それから人知れず努力をしてきた。
今でも、痛いくらいに覚えている。
あの時の、身体(にく)を快る感覚を。
紅い飛抹が飛び散り、彼を汚す。
「ひっ……ひぃっ……」
自分のしていることが恐ろしくて、身体を引きずるようにして後ずさる。
「馬鹿者が!」
一閃して、相手を薙ぎ払う。
「仲間に手間をかけさせるな! 戦場では死ぬか生きるかのどちらかしかないんじゃ! 殺すか、殺されるか、そのどちらかじゃと何度も教えたじゃろうが!」
壮年の男は少年を怒鳴りつけながらも、敵に向かって的確に剣激を打ち込む。
「そんな決意も度胸もない奴なんぞ邪魔になるだけじゃ! 負け犬は負け犬らしく尻尾を巻いて帰ってしまえ!」
怒鳴りつける声が酷く恐ろしかった。
顔面蒼白になりながら、剣に付着した、紅い液体を見つめる。
銀色の刀身には、不自然に白い髪と、紅い瞳の怯えた子供が映っていた。
「……」
偽りの姿の向こうに覗く、黒い髪と黒い瞳のーー
全て、捨ててしまったのに、どうして今思い出すのだろう。
サーファは唇を強く噛み締め、服の袖でごしごしと顔を擦る。
それは一瞬のことだった。
「足手まといは帰れ!」
男が一喝する。
「い……嫌だ!」
咄嗟に叫ぶ。
ここは戦場だ。
勝つか負けるかの世界ーー
だが、逃げたくはない。
逃げたら、捨ててしまったものが無駄になる。
少年は自分の剣を握り直して、再び構えた。
「……逃げない!」
壮年の男の口元が微かに上がる。
瞬時に神経を集中させ、そして呪文を唱える。
「雷雨(リッカ)!」
と同時に、電流を纏(まと)った水流が巻き起こり、近くにいた者達が、バタバタと倒れてゆく。
それに他の仲間がとどめをさす。
「流石だ」
その賛辞の言葉にも上手く返事は出来なかった。
護身用に構えた剣が、ガタガタと震え、本来の機能を果たしていない。
この調子ではまだ今日は剣を奮えないだろうが、彼には違う武器がある。
その一瞬だけ、呪文を唱えるほんの一時の間だけ、心を落ち着けさえすれば、魔法は使えるのだ。
その瞬間のみ、全ての感情を捨て、そして告げる。
「炎華(リゲレイジ)」
彼が唱えると、可憐な花のように、幾つもの炎が現れた。
その日、絶望的に思われた二百対五千の戦局は、中央軍が大逆転勝利をおさめた――
そうして全てを捨てることを決意した少年は、着実に成果を上げ、二年間の後(のち)、その地位を登り始めた――
あとがき
- 2006年05月10日
- ちびサーファ楽しいv
サーファの決意です。 - 2013年05月25日
- 発掘して加筆しました。