8章 友達002
ティアの馬鹿馬鹿馬鹿っ。
「僕は……んなの子……なのにっ」
怪我なんかよりも、遥かに心の方が痛かった。
「馬鹿ぁ……」
涙はもう止まらない。
確かに僕は男の子の格好をして、武人達に混じって練習に参加していた。
それは、一人ぼっちになってしまった自分の身くらい自分で守れるようになりたかったからだ。
でも、剣は上手にならなかった。
練習相手のティアに怒られても呆れられても、楽しかった。いつも僕は笑っていた――
「……ティアっ」
そして僕はもう一度転んだ。またしても地面にぶつかると、そう思ったのに。
だが、そこに地面はなかった。
え……まさか。そう思う間もなく身体は重力に従い、落下する。
「嘘……」
これはバチが当たったんだ。僕が泣き止まなかったから。
きっとそうだ。
「ティアっ……!」
僕は必死に叫んだ。
幸い下は段崖絶壁ではなくて、そんなに傾斜のきつくない坂だった。でも、勢いがついた身体は下へと転がり、砂利が全身を傷つけ、そしてたくさんぶつけた。
「助けてっ……」
きっ と助けなんて無い。
きっとティアは呆れてる。
「ばいばい……ティア……」
まだティアの笑った顔も見ていないのに。
そうしてリネはごつごつした岩肌の下り坂を転がっていった。
「間違えてごめん」
「怖かっただろっ」
「ごめんな」
「もう平気だから」
もう一度会ったら何と切り出そう。
何を言えばいいだろう。
何を言うべきだろうか。
何と言えば許してもらえるだろうか?
「リネっ!」
間髪の差でティアは彼女に追い付くことが出来なかった。
耳に届いたのは悲鳴。
ティアに助けを呼ぶ声と、別れを告げる声。ティアは悲鳴の聞こえた崖を覗き込む。
「……っ」
比較的傾斜緩やかだったが、思わず息を呑んでしまう程に下界は遠く、全くもって終わりが見えない。
リネはこんなところに落ちてしまったのか。
こんな谷底には何があるかは分からない。
だけれど、リネを一人でそんなところに置いておく訳にはいかない。
こんな場所はリネには不似合いだ。彼女は明るい場所が似合う。
それに、こんな場所に一人きりだと、きっとまた彼女は泣いてしまう。
なんと言ってもリネは女の子なのだから。
「今行くから」
そう自分に言い聞かせて、ティアはその坂に足を踏み入れた。
もちろん近くの木や岩をしっかりと掴みながら――
闇がもうすぐ側まで迫っていた。
早く、見付けないと。
「リネっ」
叫んだ声が木霊する。
長い下り坂の先の開けた所に小さな身体が横たわっていた。
ティアはその平地へと降り立ち、彼女の元へと駆け寄る。
「大丈夫か!? リネ」
うつ伏せになっていた身体を起こして、膝の上にリネの頭を乗せる。
全身傷だらけではあったが、どこも深い傷は負っていないように見えた。
周囲を確認するが、この周辺の地面は苔蒸していて、柔らかく、自然のクッションになっているようだ。
良かったと、ティアは安堵の息を漏らす。
「リネっ起きろ」
ティアは身体を揺すって呼び掛ける。
「リネ」
だが、反応はない。
まさか打ちどころが悪かったか。
「リネっ」
動かない身体。
思い出したくないあの日の残像が脳裏に蘇る。
呼び掛ける声が、ただ虚しく森の中に響き渡った。
「違う……っ」
鮮明に脳裏に刻み込まれてたその光景は、まだ新しい。
「リネ……は」
まだ……生きている。そう思い込まないと、自分がどうにかなってしまいそうだった。
「リネっ」
身体を揺する手を強める。
「リネっ」
恐慌状態に陥ったように、手が、震えた。
何も映さない二つの瞳。
言葉を紡ぐことを忘れてしまった、赤い唇。
「死ぬなっ……死ぬな……っ」
少女の身体は思った以上に柔らかくて、華奢であった。
「リネ……っ」
少しでも衝撃を与えてしまえば、壊れてしまいそうなのに、彼女は高い崖から転げ落ちたのだ。
そして白くて綺麗な肌は、痣と傷とでいっぱいになった。
「リネ……っ」
必ず、助けるから。
心にそう誓う。泣いてばかりはいられないのだ。
まずは身体の色んな部位を触って骨折を確かめる。
そうして左の腕に触れたとき、嫌な予感と感触がした。少し持ち上げると、ぐにゃりと変な方向に曲がる。
「……っ」
思わず漏れそうになる声を堪えて、手近にあった頑丈そうな木の枝を掴む。
放っておくと、治るものも治らない。
自分の着ている服の裾を力任せに破って包帯の代わりに、折れた腕と枝とをきつく縛って固定する。
「リネっ……」
必ず助けるから。
……だから、俺の前からは決して……いなくならないで――
あとがき
- 2011年05月20日
- 改訂。
アップする前に矛盾を発見してよかった。 - 2005年10月14日
- 初筆。