6章 出会いと別れ 001

「ねぇ、ござる……私、どうしたらいいんだろう?」
 ついに姪姫にまでそんな呼ばれ方をしてしまった。そのことに少なからず、動揺していたが、常とは違う不安そうな瞳を向けられれば、今はそんなことを気にしている場合ではないと気持ちを改める。
「何のことでござるか」
「ティアの……」
 姪姫の声は小さく、今にも消え入りそうであった。
「私は……自分のことを不幸だと、きっと心の中ではそう思ってた。でも、あんな風になったことはないわ。……私は、ずっと諦めていたから」
 わざと作る笑顔程痛々しいものはない。
「……どうしたらいいのかな」
 もうそれは独り言に近い。
 答えが欲しいのではない。ただ、吐き出したいのだ。
「拙者になさったようにすればいいでござる」
 求められたのではなかったけど、叔父は姪に道標(みちしるべ)を差し出す。
「……ありがと」
 彼女は、少しだけ驚いたように呟いた。

 目的の街が滅んでいた為、馬車に乗ることは出来ず、仕方なく次の目的地まで歩くことにした。
だが、あれ以来、ティアはロナを自然と避けてしまっていた。元々仲良くするつもりはなかったが、日常生活に必要な最低限の会話すらも殆どしていない。
「ヒヒン。ヒヒン?」
 気まずい空気の中、少し離れたところで大変変わった鳴き声が聴こえた。妙に艶っぽいが、おそらく馬には違いないだろう。
「何、今の声?」
「馬でござろう」
「馬ですね」
 ……多分。
 そう言い聞かせなければならない気がした。
「馬がこんなところに?」
 滅んでしまった村なのに? ロナの疑問は最もである。
 ティアは腰の剣に手をかけ、周囲に神経を働かせる。
「ルルーララールルーララ」
「歌でござるか?」
 ござるも剣の柄に手をかけ、視線を走らせた。
 こんな滅んだ村の近くに人間がいることなど、滅多にない。しかも歌っている呑気な人間などいるはずがない。
 山賊か……?
 もしかしたら何かしら、大収穫があってゴキゲンなのかもしれない。
 緊迫した空気の中、ガサリと目の前の茂みが動く。人影は一人。
「何者だ?」
 ティアがロナを庇う様に前に出る。ござるはロナの後ろを守る。
「ルイザ」
 茂みから出てきたのは、一人の美しい人だった。
「ル、イ、ザ」
 もう一度そう言う声は非常に中性的である。
「もしかしたらお困りかと思って」
 うふっと小首を傾げてその人は笑った。それに合わせて、引き連れた馬も色っぽくいなないた。
「僕は馬屋。うーん……見たところ、貴方達は馬が必要ですよね」
 肩にかかった銀糸のような髪はしなやかで癖はない。白い簡素なシャツに、長いズボンを履いている。
「あら、そうなの! 徒歩は厳しいけど、仕方が無いという話をしていたところよ! でもどうして?」
 ロナが驚いたように言った。
「馬が必要なところに現れるのが、馬屋というものでしょう? よければ、馬をお譲りしますわ」
「まぁ本当! 親切な人ね。ありがとうございます」
 ロナは嬉しそうに笑ってルイザに近付いていく。ティアの制止も間に合わない。
「私の名前はロナ。そっちの黒髪の人がティア。で、もう一人が……ござるちゃん」
 遂にそんな紹介をされてしまったござるは少しへこむ。
「どうせ拙者はござるでござるよ……」
 今にも地面に蹲(うずく)まり、ぐるぐると円でも描き続けそうである。
「えっと、ロナちゃんにティアくんに、ござるちゃん?」
 ルイザは物覚えが良いらしく、すぐに顔と名前を一致させた。
「……二人だと思ってたんだけどな」
 ルイザが小声で自分のミスを咎(とが)める。
「ん? 何か言った?」
「何でも無いよ。馬は三頭しかいないのだけれど……」
「三頭なら丁度いい」
 ティアはそう言うが、この場にいるのは四人である。
「うーん……馬屋は売り物だけを持っている訳ではないのよ?」
 その言葉は笑みと共に言われる。
「一頭足りない……あ、そうだわ。私は馬にあまり上手く乗れないから、私がルイザと同じ馬に乗ればいいんじゃないかしら?」
「駄目です」
 まだ敵か味方かの区別もついていないのだ。そんな奴と主を同乗させる訳にはいかない。
「じゃあ、どうすれば……」
「ロナ様は、俺と同じ馬に」
 ロナがまぁ、と口を押さえる。
「……嫌でないのならば」
 昨日からの気まずさを思い出したのであろうティアは、彼らしくなくそう言った。
「いいの?」
 あの後から避けられていたのだ。てっきりティアに嫌われたかと思っていた。
「俺の任務はロナ様の護衛です。だから側にいて下さい」
 ティアはそっけなくそう言う。
「喜んで」
 ロナは笑顔で応じた。

 悔しい悔しい悔しい。
 どうして彼はあんなにかっこいいのか。
 大切な人を失った時も、彼はかっこよかった。
 自分は、何も出来なかったのに。
 悔しい悔しい。
 だから無理矢理約束した。
 強くなって彼を見返す、と。
 悔しい。

 ティアはロナを前に乗せて手綱を取る。だから自然とロナを後ろから抱くような感じになる。
「しっかり掴まっていて下さい」
 肩口にティアの息がかかって、身体が熱をもったようにドキドキする。
「う、うん」
 一日休んだお陰で、ティアの手からは包帯が外されていた。元々傷は深くないのだ。その手がロナの手に被さって手綱を握る。
 大きな手。ロナは自然とそう思う。
 だが、武人の手にしては、ティアの手はとても繊細に見える。ロナと二つしか変わらないティアの手は、まだ少年の面影を残しているのだろうか。
 ひひん、と馬が色っぽくいなないて、ティアは馬の腹を蹴った。
 変な声の馬は、短足で脚も太かったが、予想以上にそれらの馬は早かった。
 残り二頭の馬がその後を追う。

あとがき

2011年05月12日
改訂。
ルイザのキャラって初期はこんなんだったんだ…。
2005年09月12日
初筆。
あいあい馬……。傘ではなく馬がポイント。
グロいのの後はラブいので。

ルイザを出すの楽しみにしてました。
ほんとはござるなんかじゃなくて、ルイザを入れるつもりだったんですよ。
なまめかしい馬は、何となく出した。
馬をいじるのは好きなのかも……。

早く続きが書きたくて仕方がない。
続きをお楽しみに。
 

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