11章 再会 002

 どれくらい待ち望んだだろうか。
 どれくらい逢いたいと思ったことか。

 ずっと望んだ人がそこにいた。
 三年間光を失っていた瞳がその人を捕えたのは、彼と別れてすぐのことだった。

「……さま……」
 茫然とした呟きは、上手く声にはならずに消える。
 その時の俺は、誰の名前を呼んでいるのか、自分でも分からなかった。
「……おにぃちゃんっ!」
 叫ぶ声が遠い。

 火が。
 彼の思い出を襲っていた。
 逃げ惑う人々。
 そして、地に臥し、もう動くことのない人。
「……っ」
 辺りは紅き血と業火に染まっていた。
「……ァ……さ……ま」
 泣きそうに表情(かお)が歪んだ。遠く、叱咤の声が聴こえる。
 だがそれはティアの意識の外にあるので、彼が現実世界に引き戻されることはなかった。
「おにぃちゃんっ!」
 ガシャンという鋼のぶつかる音が耳元で響いた。
「この餓鬼が!」
 すぐ近くに、殺気が感じられる。でも、動く気にはなれなかった。
 このまま自分も死ねば、逢えるだろうか――
 彼の瞳には、延々と燃え盛る炎が映っていた。
 紅い石が強い光を孕(はら)む。
「……くっ」
 自分の倍以上歳の差のある男と間合いをとって、ルゥは魔剣を鞘から引き抜いた。
 剣の扱い方など知らない。でも身体は、何かに惹かれるようにして動いた。
 自分の背丈程もある刀身は、淡く光を放っている。
 どくん。
 まるで、剣自身が生きているかのように、その鼓動が伝わってきている気がした。
 その証拠に、その剣は重くはなかった。
 ティアおにぃちゃんに渡されたときはずっしりと重かったはずなのに……。
「死ねっ餓鬼が!」
 男は己の武器を大きく振りかぶり、ルゥに斬りかかった。
 どくん。
 先程よりも強い鼓動が感じられた。
「ボクは死なない」
 まだおねぇちゃんも助けていないし、おにぃちゃんも守っていない。
 ルゥはその剣に導かれるようにして、軽やかに男のそれを払い落とし、鞘で鳩尾を殴った。
 男は一瞬驚いた後に、意識を失った。
「……おにぃちゃん」
 どうしちゃったのだろう。
 ティアおにぃちゃんは遠くを見るようにして震えていた。
「……っ」
 ルゥは魔剣を鞘に納めると、ティアの手を取って引いた。
「逃げよ」
 おねぇちゃんにはござるちゃんがついている。だから――
「また会えるよ!」
 ルゥは繋いだ手を強く引く。
 だが倍ほどの身丈のティアを動かすのは容易では無い。
「――さま……」
 誰かの名を呼ぶ声は、喧騒に紛れて誰の耳も届かない。
「覚悟!」
 その声と、剣に呼ばれるようにして、柄を構えた。
「……っ……!」
 その攻撃を剣でしっかりと受け止める。存外強い力で叩きつけられ、手が痺れた。
 だがルゥはどうにか剣を持ち直すと、抜刀せずに構える。
 人を殺したくなかったし、何より、大好きだったこの場所を自分で血に染めたくなかった。
「ティアおにぃちゃん……」
 茫然と自分を失ってしまっているティアは滑降の標的となる。
 手にした剣に導かれるがままに、ルゥは身体を動かす。
 おにぃちゃんを守らないと――
 彼はおそらくおねぇちゃんの大事な人だから。
「お願いだから……」
 そう呟いたと同時に、ルゥは剣を取り落とした。痺れた手で、慣れない物を扱うには限界があった。
 ――殺される。
 そう思ったのに、刹那に視界の端に見えた金糸から視線が外せなかった。
 ――おねぇちゃん……?
 疑問が声になる前に、盛大な、高い音が響いた。
「貴方は……いつまで経っても馬鹿ね」
 とても綺麗な声だった。
「あたしがいないとなーんにも出来ないんだから」
 辛辣な言葉を浴びせて、金の人は微笑む。
 ティアは我に返ったように、叩かれた頬を押さえた。
「……ロナ……さ……ま……?」
 違う。
 口ではそう言ったのに、心はそれに反する。この人は……ずっと求めていた人。
「ラムア……様……」
 言葉はするりと滑り落ちた。
「久しぶりねティア。後でたっぷり一緒にいられるわ。だから今は干渉に浸ってる時間は無いわ」
 うふっとばかりに笑顔を向けられても、ティアは戸惑うだけである。
「ねぇ? そこの僕?」
 突然現れた金の髪の人物は、ルゥの方を振り返って微笑む。
 何があったのか、彼女が来てから敵は襲ってこない。
「え、あ……はい」
 抗(あらが)い難い雰囲気に圧されてルゥは頷いた。
「ほーらね。今は逃げましょ。……ティア行くわよ」
 その人は強引にティアとルゥの手を引っ張って、その場を後にした。
 腰まである長い金色の髪と一緒になびく白い包帯が印象的だった。

あとがき

2011年05月31日
改訂。
ラムア様降臨。
2005年11月18日
初筆。

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