カーネーション
「ははのひ……?」
「ええ、そうです」
ここ数日、調べ物に忙しいサーファだったが、暇を持て余したロナが喋りかけてきて煩いので、その時々で思いついた話をするのが日課になっていた。
「一体、それは何をする日なの?」
ロナは、その初めて聞く言葉に目を丸くしながら問い返す。
「母の日、つまり母親に感謝する日ですね」
「へぇ! そんな日があるのね!」
「市井では子どもが、日頃世話を焼いてくれる母親に贈り物を送ったり、進んでお手伝いをする日なのですよ」
そんな風習を知らないロナは、とても楽しそうな表情で問う。
「で、その日はいつなの?」
「明日ですよ」
くすりと微笑んで、サーファは言葉を返す。
「明日!」
「ええ、そうです」
「わっどうしよう……。何か準備しなきゃ……」
両手を身体の前で動かしながら、ロナはきょろきょろと辺りを見回す。
「カーネーションという花を贈ることも多いそうですよ」
「カーネーション?」
「薔薇に少し似ているんですけどね。花びらがギザギザとしていて細かいですね。葉っぱは細長くて薔薇とは全く違いますね。あぁ、色は赤が一般的ですよ」
サーファは立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出す。
ロナはそわそわと落ち着かないのか、その様子を気にも留めずに、見たことのない植物に想いを馳せる。
サーファは、取り出した本のあるページで手を止め、顔を上げる。
「あぁ、あった。これですね……」
向かいに座るロナにその見つけたページを見せる。
それは、植物の図鑑のようで、そのページには、様々な色のカーネーションの絵が描かれていた。その一つ一つに丁寧な説明書きが書かれている。
「綺麗!」
ロナはその本を受け取ると、じっくりとそのページを眺めた。
「……あれ」
「どうかしました?」
「うーん……」
ロナは本を持ったまま、暫くうんうんと唸っていたかと思うと、急に立ち上がり、そして大声で叫ぶ。
「あ! これ! 私、見たことがあるわ」
「へぇ、どこでです?」
サーファの紅い瞳が面白そうに細められる。
「えっと……」
ロナは曖昧な記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を零(こぼ)す。
「小さい頃……あれはいつだったかしら……」
「お母上との思い出、ですか?」
サーファは助け舟を出す。
「そう! あ、昔……その花を頂いて、お母様が確か……」
ロナはすごく幸せそうな表情で微笑んだ。
「お母様はね、花が好きだったの……。それでたくさん花を育てていたんだけど、ある日お父様が鉢に入った珍しい花を持って来て下さったの」
それは蕩(とろ)けるような笑顔で、サーファは釣られて微笑む。
「とても綺麗な青い花よ。これは赤が一般的なのね……珍しいものだったみたい。」
「青、ですか」
「えぇ、そう。青い、カーネーション」
ロナは自分の左目に手を当てて、そして告げる。
「私の左目……否、お父様の瞳と同じ、鮮やかな青い色だったわ」
少しだけ寂しそうに言ったロナの手から、図鑑を取り上げると、サーファはすぐに微笑んだ。
ロナは少し不思議そうに問う。
「なぁに?」
「青いカーネーションの花言葉は、……『永遠の幸福』だそうですよ」
ほんの一時、時が止まったかのように感じる。
「永遠の……幸福」
その言葉を下の上で転がすようにして何度か呟き、言葉の意味を反芻する。
そして、暫くの後、何かを噛みしめるようにして微笑む。
「ねぇ、サーファ」
「何です?」
「教えてくれてありがとう……」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
サーファはそれだけを言うと、元々読んでいた資料に再び視線を戻した。
あとがき
- 2014年05月12日
- 母の日ですね。久しぶりの小説です。
国によって母の日は全然別時期らしいねー。
時間軸としては、ティア達がシディアで合流した後にティア達が別行動になった時の暇な時間。(22章辺り)