5章 悔恨 002

「この町は全滅……っと、誰だい? そこの木の後ろにいるのは」
 その闇色の瞳をすっと細めて、男は言った。
「まだ残党が残っていたのかな?」
 愉しそうな声とは裏腹に、とても冷たい目をしていた。
「……お前が、ラムア様を……この町の人達を……」
 ガサリと音がして、まだ小さな少年が木の陰から出てきた。年は十歳を少し越えたところだろうか。
「ラムア様を…町の人達を返せ!」
 少年は正義感だけでそんなことを言っているのではないのだろう。身体中から殺気が溢れ、少年そのものが殺気の塊のようである。
 それを面白そうに眺めてから、言う。
「……はん、嫌だって言ったらどうするのかい?」
 男はおどけたような態度で笑む。
「許さない……」
 腹の底から声を出す。地に響くように少年は唸った。
「許さないからな……」
 許さないと言ったところで、こんなに小さな少年一人に何が出来るというのか。
「いいよ。僕が相手をしてあげる。……かかっておいで」
 男は悠然と微笑む。
 馬鹿な子供、そう思った。
 だが、予想に反してその子供は強かった。
 子供は腰に吊した剣を素早く抜き放ち、あっという間に間合いを詰める。一瞬の隙ですら見逃さないように神経を張り詰め、腰を低く落とす。
 男は手にしていた剣を軽く振って血糊を落とした。
「ラムア様をラムア様をっ……!」
 鋭い突きを男は自分の剣で受ける。予想以上に強い剣激は剣を伝わり、男の手を痺れさせる。
 その子供の黒い瞳には意思が宿っていた。復讐という名の強い意思が――
「ふん。面白い」
 男は少し笑って態度を切り替える。本気で相手をしてやろうと思った。実力の差を見せつけて、この無謀な子供を絶望させてやろうと、そう思った。
「本気を出させてもらうよ」
 口元を笑ませて、男は告げる。
 まずは受けた剣を弾き返す。続いて子供の足元を狙う。本気を出していても、相手をいたぶることは止めない。男の攻撃を子供は避けきれず、ズボンの裾が裂け、体勢が崩れる。
「……くっ」
 次に狙うのは左手だ。男がくすりと笑う。
「今なら許してあげることも出来るんだよ?」
 男は自分が絶対の支配者になることを楽しんだ。
 何の感慨もなく、子供に斬りつける。子供の腕は容易く血に染まり、動きが鈍くなる。
「……ラムア様を……っ」
 だが、子供は傷を負ったことなど気付かないように、腹の底からそう叫んだ。
 もう男には失くして惜しいものなんて無かった。全て捨てて生きてきた。だから、子供の言葉が気に障る。
 男は剣で体勢の崩れた子供の身体を薙(な)ぐ。体重の軽い子供の身体は容易く吹き飛ばされる。
「……ぅ……」
 今度ばかりは気にせずにはいられないだろう、なにしろ子供の腹は全体的に朱に染まってしまっているのだから。
「馬鹿な子供。この僕を怒らせたりするから」
 少しばかり可哀想にも思う。同情の眼差しで子供を見下ろした。
 だが、その小さな子供は諦めなかった。少年は、震える腕で、血溜まりに手をついて身体を起こす。
「ラムア……様を……っ」
 少年は息をするのも苦しそうだったが、どうにかそれだけを言う。
 カァっと頭に血が上る。男は知らず、ちっと舌打ちをして剣を奮った。
 その刃は存分に血を啜(すす)り、返り血の熱を十分に感じ、男はその手をようやく止めた。
 目の前には小さな骸が転がっているだけだと思った。なのに……。
「ラム…ァ……ま」
 血が入って目が霞(かす)む。
「お前……」
 それでも、少年は剣を手放さなかった。どうにか身体を起こそうともがいていた。
 彼を生かしているのは、もはや憎しみだけだ。それとラムアとやらの生存を信じたくはないという強い気持ち――
 男はふと、一つのことに思い当たる。
「ラムアというのはゼアノスの娘か?」
「…や……ぱり……前が……」
 それは、強く感情の籠(こも)った声だった。
 くすりと男が笑う。どうやら常の様子を取り戻したらしい男は、新しい玩具(おもちゃ)を見つけたようだった。
「ラムアちゃんは僕が殺したよ」
 娘を守ろうと、必死に泣き付く公爵婦人が面白くて、存分にいたぶってやった。
「そん……ラム……ァ……ま?」
 見る見るうちに、子供の瞳から光が失われていく。
 あぁいい光景だ。
「仇を討ちたいだろう?」
 男の語りかける言葉は容易く子供の心に入り込んでゆく。
「かた……き」
 少年はもはや、壊れた人形のようだった。
「そうさ、仇討ちだよ。ラムアちゃんを殺した僕を怨(うら)んで……否、憎んでいるのだろう?」
 自分でも、どうしてこんなことを言っているのかが分からない。言葉が自然と口から滑り落ちていく。
「名は何という?」
「ティ……ア」
 操られた人形のように、少年はすんなりと答えた。
「ではティア。僕の名前はサーファ。サーファ・スティアスだよ」
 男は屍にし損ねた子供の前に屈んで、微笑む。
「僕を殺したいのなら、自力で僕の元へ来るんだ。僕は軍の人間。軍の狗」
 男は何事かを呟きながら、数度、子供の背を擦(さす)った。
 ……ああ、身体が温かい。失った血を取り戻すかのように、全身に生気がみなぎっていく。
 男はいいこと思いつた顔で、こう言った。
「そうだ、君にいいものをあげよう」
 そこで少年の……ティアの意識は途切れた。

あとがき

2011年05月03日
改訂。
待ちに待ったサーファ登場。
そういや、魔法剣みたいなのを使わせたいから出したんだった……。それが今や……。
2005年09月06日
初筆。
え、えへ。
思いっ切りグロいですね…。
エグいのきらーいって方はご注意下さい。(何を今更って感じですが;

ギャグはめっきり減っちゃったな。
そういやござるの出番なし。
新キャラはナルシーかも。こういう手のキャラって使ったこと無いかも。
こんなグロい話ですが、次も読んでくださると嬉しいです。
過去を振り返ってのちびっこは書くのが楽しい。

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