12章 真実 003
遠い深い過去。
近い浅い過去。
そのどちらもが、弱い心をゆっくりと、そして強く揺さぶる。
首からかけた宝物を取り出して見つめた。
それはエメラルドの輝き。闇の中においても、その輝きを失わない。
「……ァさ……ま……」
掠れるような声で呟いた。
どれほど焦がれただろうか。
ずっと会いたくて、夢の中でもいいから逢いたかった。
壊れないようにそっと、だけれど力強く宝物を握り締めた彼の目の前にいるのは、大切な人。
目頭が、とても熱かった。
「……ティア」
薄暗い闇の中で、透けるような声がする。
薪が爆(は)ぜる音が静かに響く。
「……まだ起きていらっしゃったんですね」
今までの想いを振り払うようにして言葉を紡ぐ。
「見張りなら、あたしが代わるわよ?」
「これくらい平気です」
お互いが顔も見ない。
続かない会話は沈黙へと変わる。
どれくらいの時間(とき)が流れたのだろう。
火の側ではルゥが、すやすやと寝息を立てている。
「……訊かないのね」
あたしがこの三年間何をして、どこにいたのか。そして、この片目を隠す包帯のこと、今更彼の前に現れたこと。言うべきことなんて幾らでもあるのに。
二人の空白の時間は思った以上に長い。
「……はい」
貴女(あなた)が言いたくないのならば。
「ティアは……優しいわ」
星の無い闇夜を仰いだ。
今も、昔も――
「……逢いたかった」
長い沈黙の後、独り言のように呟く。
「俺もです」
少し躊躇いがちに、だけれどもしっかりと言い違(たが)うことなく続ける。
ラムア、と。
微かに笑った気配が耳に届く。今にも泣き出してしまいそうな、そんな笑みだった。
北へ。
目指すのは北だ。
「本当にこっちでいいのか?」
「うん! ……あーストップっ! 身体を伏せて馬車が一台過ぎるのを待って」
「は?」
「いいから早く!」
ルゥはでかい二人の背中に向かって突進し、彼らを押さえ付ける。
「何する……ん」
「しーずかーに!」
小声で精一杯怒鳴ってから、すぐ近くの街道を通る馬車を見送る。
馬車は存外豪華な造りで、護衛の者まで付いている。その車体は白く、銀で装飾されている。そして紋は菫(すみれ)の花である。
「……王家の!」
二つの声が重なる。
「しぃっ!」
唇に人指し指を当てて制止する。
その間に、王家の馬車は通り過ぎて行ってしまう。
「行こっ」
ルゥが立ち上がった。続いてティアが。そしてラムアに手を差し伸べる。
「ありがと」
「ルゥ、どうしてあの馬車が過ぎるのを待たなければならない?」
訊くことは山のようにある。
「わからないけど……」
ルゥはにっと笑う。
「神のおぼしめし!」
そう言い捨てて走り出す。
もちろん方角は北。
彼らが目指すべき方角も北である。
「あ、待ちなさいルゥ!」
二人は追い掛ける。
このまま時が止まってくれてもいいと思った――
別れを決意したのは数日前。
変わらなければならない。 後ろを向いてばかりでは駄目なんだ。
「バイバイ……リネ」
静かに告げて、彼女の下(もと)を後にする。
彼女が起きる前に、そっと抜け出した。
ティアは知らなかったが、それは彼女の16の誕生日だったのだ――
あとがき
- 2011年06月05日
- 改訂。
- 2005年11月29日
- 初筆。