36章 二色 001

「おかぁ……さま」
 意識はゆっくりと覚醒し、ぼんやりとした頭で、考える。
 辺りは暗かったが、視界全体に靄(もや)がかかっているように感じ、無意識の内に目を擦ろうとして目尻に触れる。
 指先が濡れ、少しだけ意識がはっきりする。
「ゆめ……」
 天井を見上げ、夢の内容を反芻する。
「お父様と、お母様と同じ……」
 父の蒼と母の紅――
 無意識の内に両手で瞳を押さえ、じっと目を瞑った。
 どれ程の時間そうしていたのだろうか。
 蝋燭に火が灯され、声を掛けられる。
「お目覚めカシラ?」
 気だるげに視線を遣ると、そこに人が立っていた。
「……あなたは」
 不審に思って問う。
「初めまして、王女様」
 黒いスカートの裾を掴んで頭を垂れる。
 間髪を入れずに、長い髪が肩からさらりと落ちる。
 だが深めに被った鍔の大きなとんがり帽子は、ずり落ちること無く、女――子供は顔を上げた。
「……」
「あらァ、ココはまだ眠っているのカシラ?」
 そう言って人差し指で自分の頭をトントンと指し示す。
「……誰……?」
 掠れた声でようやくそれだけを言ったが、答えは返って来ない。
「アノ人に頼まれたから会いに来て差し上げたけど」
 子供はにっと傲慢に笑う。
「とんだ検討違いネ」
 子供はすぐ近くまで来て、ずいっと、顔を近づける。息が掛かりそうなほど近くで、子供は上目遣いで見上げた。
「……なに」
「コレが噂の」
 その言葉にびくりと怯え、無意識の内に身体を仰(の)け反らせる。
「サファイアとルビーのようだわ」
「!?」
 思いがけない言葉に、はっと息を呑む。
 あまりにも近くにいるので、先程まで帽子の影に隠れていた筈の子供の顔が露になる。
「その目……」
 ロナは息を呑む。
 その瞳は、黒と緑の左右色違いであった。
「アハ」
 その様子が可笑しいのか、少女は笑った。
「アナタだけじゃなくってよ? 異端の王女様」
 少女は臆すことなく、ただ笑う。
「この通り、アタシも異端ヨ。むしろアナタ以上に異質な存在」
 少女は、乱暴にロナの顎を掴むと、その二色の瞳で睨みつける。
「……っ」
 長く伸ばした爪が、皮膚に食い込み、その痛みに身をよじる。
「アタシのことはラグと、そう呼ぶといいワ」
 その不快感に声を上げる。
「止めてっ」
「アラァ、ちょっと力が強すぎたかしら? 綺麗な肌が台無しネ」
 ラグと名乗った子供は、ようやく手を離して、ロナを開放する。
 その顎には、爪が食い込んだ跡がくっきり残っていた。
「その腹の痛みに比べたら、大したこと無いはずヨ」
 子供は笑う。
「感謝して欲しいくらいダワ。アタシが死にかけのアナタを救ったのダカラ、ネ」
「……!」

あとがき

2013年06月28日
初筆。
黒の女魔術師登場!

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