5章 悔恨 001
今夜ばかりはロナもほとんど喋らなかった。だからティアの言っていた村にも早く着いのだ。
だが、そこにあったのは村ではなかった。否、正確には過去に村だったであろう場所に辿り着いたのだ。
「サティ……オゥス……」
ロナは、村の前で朽ち、倒れていた看板の傍にしゃがみ、その砂埃にまみれた表面を指でなぞる。
「聞いたことのない村だと思ったでござる」
なぜならその村は無いも同然だったのだから――
見える範囲の建物は全て焼かれ、まともに建っている柱は殆ど無かった。
ずきずきと古傷が痛むような感覚が襲う。
「一体誰が……?」
ティアはその答えを知っていた。
何度も忘れようとしたのに身体が覚えている。
「……っ」
炎が、視界を埋め尽くす。
早く、早く助けないと――
「ティア……?」
望みは、とっくに潰(つい)えたはずなのに、ティアは、それを渇望していた。
「――様。――様。――様……」
倒れた柱を避け、素手で、崩れた建物を掘った。爪の間に、土と小石と炭とがが入って血が滲む。
だけど、手を休めることは出来なかった。心が、何度も触れたあの温かさを求めていた。
知らず、頬を伝う涙がそのまま瓦礫に落ちて染みを作る。
「ラムア様……」
爪の間に大きな石が入って、ずきずきと痛んだ。
だけれども、痛みなんて少しも気にならなかった。
心が悲鳴をあげ、何も考えられない。――早く、探し出さなければ。
「ティア止めて!」
悲鳴のように叫んで、ティアに飛びついた。
そう言えばロナはダンスパーティそのままの格好であった。フリルがふんだんに使われたそれは埃と泥だらけである。だが、ロナはそんなことを気にも留めずに、ティアの腕を掴む。
「止めっ」
ティアの顔がすぐ側にあって、息を呑んだ。
その表情はどこか幼く、まるで泣きじゃくる子供のようであった。ティアは、ロナの手を振り解こうと必死に抵抗する。
当然ティアの方が力が強かったが、どうにか食いしばる。
直感的に、今この手を離してはいけないと感じていた。――今、この子は一人ぼっちだ。
「いい子だから止めなさい」
掴んだ腕を自分の方に引いて、身体を引き寄せる。
そして、どこか威厳を感じる声音で続けた。
「あなたは一人ではないでしょう」
自分のぬくもりで、どうかこの大きな子供を一人ぼっちの暗闇から解放してあげたいと思う。
独りは寂しくて、辛いから――
ロナはティアの血まみれの手をとって、指に口をつけた。
「血が出てるから」
ティアの指先はボロボロだった。だからロナは血が出ている指先を舐めて消毒する。
後で、きちんと手当てをしなければいけない。
ティアはもう、抵抗したりはしなかった。
ロナは少し安心して、もう一度ぎゅっと抱き締めた。
そんな中、くすりと背後で息だけで笑う者がいる。
「叔父様?」
ロナは振り返って、その人に目を向ける。
叔父は何だか必死に笑いを堪えているようだった。
「いやいや、仲がいいでと思っただけでござるよ」
言い訳のように叔父はそう言う。
「仲がいい?」
私とティアが?
「あぁ、とても」
何だか叔父の言葉が無条件に嬉しい。くすぐったいような気分になり、自然と口元が緩む。
仲良しだってー。えへっとティアに笑いかけたかったが、ティアの表情を見て思い止まる。
「手当て……しないと」
ロナは、出来るだけティアの顔を見ないようにそう言う。
ティアは静かに泣いていた。何かを噛み締めるかのように、そっと。
あとがき
- 2011年05月02日
- 改訂。
今考えると、ロナが何かエロいww - 2005年07月20日
- 初筆。