15章 優しい唄 002

 ティアの寝息が聴こえる。
 澄んだ歌声が森いっぱいに響いて、森の匂いが肺を満たす。
 その時、魔法の気配がした。
「久しぶりだね」
 ほんの数日しか経っていないのだけれども。
 目の前に現れたのは、よく見知った人。
「サーファ……サーファ・スティアス!」
 歌声が止む。
「元気かい……?」
 その声が、とても懐かしい。
「ええ。貴方は?」
「僕も」
 姿を見たのは、数えるほどだったが、彼の口元に浮かぶのは、いつも皮肉げな笑みだ。
「何、しに来たの?」
 少しだけ、口元を強張らせて問う。
「別に……久々に君に会いたくなって」
 紅の瞳がラムアを射る。
「迷惑、だったかな?」
「そんなことないわ。……あたしも訊きたいことがあったから」
「訊きたいこと?」
「そう。あたしたち今迷ってるの。えっと、貴方は何処にいる?」
 一瞬間があった。
「……此処に」
 無言の沈黙。
「じゃなくて、王女様と一緒なんでしょう? 今、じゃなくていいから、どこに向かっているのか教えて」
「君の要求は分かった。でも、ただ教えるだけじゃあ僕に利点が無い」
「……」
 片方だけのエメラルドが男を睨む。
 だが、彼は気にした素振りも無く、仕方がなく彼女は妥協する。
「フリフリの服でも何でも着てあげるから、教えて」
「話が早い」
 彼はどこから出したのか、新作の服をラムアに手渡す。
「あたしに会いたいっていうのは、これの為?」
「さぁ」
 彼は恨みがましくラムアの袖無しの服を見る。
「僕が最後にあげた服も破っちゃったようだしね」
「こ、これは事情があったのよ!」
 そう言い捨てて、ラムアは木陰で着替える。
 今度の服は、今まで着ていた服の、フリル五割カットというところか。但し小さなリボンがたくさんついている。
「こいつは?」
 サーファは、木にもたれて眠るティアの額に手を当てる。
「何か、急に辛そうにし始めたの」
 あまり大きな声を出さないように気をつけながら返事をする。ティアは、体温が異様に低いのに、汗をかいていた。
「へぇ」
 呼吸が浅く、速い。唇は少し紫かがっていて、顔色も悪かった。
「着たわよ」
 今まで着ていた方の服を片手に、ラムアがティアの元へ戻ってくる。
「やっぱり似合うね」
「そんなこと言われても、嬉しくない」
「君は意地っ張りだ」
「……でも、あたしがあの服じゃ動き辛いから、これを届けてくれたんでしょ。……ありがとう」
 今回の服は裾も短く、動き易さを追求したようだった。
「どうだろう」
 彼は微かに笑う。
「貴方は優しいから」
「キスしてくれたら、この男も助けよう?」
「え?」
 紅い瞳がラムアを見上げた。
「…………出来るの?」
 男は何も言わない。
「……魔法……?」
 男が頷く。
 ティアは眠ってしまった今も、とても苦しそうだ。
「…………お願いするわ」
 その言葉を言うだけで、どれだけの時間を要しただろう。
 彼女は、ゆっくりと男に近付き、顔を近付けた。
 サーファの手が、ラムアの顎を掴む。
「冗談だよ」
 ぱちりと開いた片方だけの瞳は、宝石のように美しい。
「冗談……?」
「美しい女性の頼みを誰が断るだろう?」
 互いの息がかかりそうな程近くで、ルビーが面白そうな光を帯びる。
「……っ……! か、からかったわねっ」
 ようやくサーファの遊び心が分かったらしいラムアは、涙目になりながら、彼から離れた。
「こういう場合、騙される方が悪いんだよ?」
 よしよしと頭を撫でられる。
「サーファなんて嫌いっ。……服の趣味だって悪いしー」
「失礼なレディだ」
 男は目元を綻(ほころ)ばせながら、ティアの額に再び手を置く。
「徐圧(ラジラズリ)と……暖眠(シェアラ)ってところか」
 彼にとっては魔法の併用など容易(たやす)い。魔法の影響で、一瞬毛先が浮く。
「これでおしまい」
 事もなげにそう言う。
「ありがとう」
 ラムアは喜ぶ。
「あと、これが包帯の替えで、着替えとリボン、それから食料も入れておいたよ」
 そう言って、サーファはどこで手にいれたのかを訊いてはいけないような気のする、可愛らしい鞄を手渡す。
「……その善意は、とてもとても有難いのに素直に喜べないのはどうしてかしら……」
「相変わらず失礼なレディだ」
 彼は笑って、それからラムアの頬に口づけた。
「じゃあね、僕のお姫様……っと、転移(シャヤ)」
 魔法の気配と共に、彼は消える。
 来るのも突然だったが、帰るのもいきなりだった。
「馬鹿」
 彼の唇が触れた場所が少しだけ、熱を持ったように熱かった――

 偉大なる御霊よ。我の許(もと)へ集え。
 我等が英雄、デス・ベルトゥキウス――

 欲するのは力。
 何人たりとも手出しのできない絶対的な力。
 神と見間違う程の、恐ろしい力を我が手に――

「…………であり……が、そ……どう……か?」
「そちらの思うようにすればいい。ただ、どのような状態であれ、返還をするように」
 尊大な男に話し掛けるのは誰だろう。
「かし……り……た」
 主である男の青の瞳が悲し気に伏せられた。
「健闘を祈る」
 本心ではない言葉が溢(こぼ)れ落ちた。

あとがき

2011年06月16日
改訂。
最後のシーン誰か分からなかった……。きっとあの人……。
2005年12月23日
初筆。

本編クリックで開閉

短編クリックで開閉

漫画クリックで開閉

その他クリックで開閉

拍手する