25章 砂の中の花 004
社に着くと、ラグは一番奥の部屋にティア達を案内した。
そこは狭い部屋で、家財道具が一切無い部屋だった。
ラグはその部屋の端で待つように指示をした後、目隠しをしたまま、床に、黒のインクでさらさらと何かを描いていく。
「少し、自己流なんですけどね。まぁ問題ないでしょう。要するにきちんと作動すれば問題ない訳ですしね」
見掛けに因らず、ラグは結構適当な性格なのかもしれない。
「…………これは何?」
床に描かれていくのは、見たことのない紋様だったが、何かの法則性を持っているように思われた。
「分かり易く言えば、大人数用転移魔術、とでも言えば良いでしょうか」
「大人数用、転移魔術?」
ルイザは言葉の意味を思案しながら、鸚鵡返しにそう呟く。
「……正確には、魔法使いではないので、よく分かりませんが……」
魔法使いでもないのに、彼は魔法を使えると言うのか。
それも高度な大人数用の転移だなんて。
「君は一体……」
「取り敢えず、北に戻ればいいでしょう。……そういえば」
ラムアの方を見据えてこう言う。
「隻眼の姫は、西の要の代理ですね? 契約の法は、どなたが?」
「え?」
ラムアもティアもルイザもござるもぎょっとして少年を見つめた。
「それは師匠が」
ルゥは驚かない。
「ふむ……始まりの魔術師の妹御でしたか。これは失礼致しました」
「え」
始まりの魔術師というのがサーファのことだとすれば、それは確かに事実ではある。だが、誰もその事実を教えてはいないのだ。
「始まりの魔術師の……妹?」
ティアが、ラグの言葉を反芻するように呟く。
「ルイザが……サーファ・スティアスの妹……?」
初めて知る事実にただ驚く。問い掛けるようにルイザを見る。
ルイザは少しだけ動揺を見せた。
「え、あ、うん」
内緒にしている訳では無いけれど、あまり人に言いふらすものでもないだろう。それに、因縁のあったティアにはあまり知られたくは無かった。
だが、これ以上黙ってるのは無駄だろう。
「黙っていてごめん。彼が言った通り、僕はサーファ・スティアスの妹だよ」
ティアは少しだけ、目を見開く。
「…………そうか」
故郷を失い、ティアがサーファに殺されそうになった後、ルイザが瀕死のティアを介抱し、暫く行動を共にした。
そしてずっと、あの日に囚われていたティアと共に、ラムアの部屋を元通りにした。
だが、その間ずっと、心に巣くっていたのはルイザの兄だというサーファ・スティアスへの憎しみの心――
何て皮肉な話なんだろう。
ティアは、知らず、隣にいたラムアの手を握る。
今は、ラムアがまた隣にいてくれる。失われた時間は取り返せないが、ラムアと一緒にいられるだけで、幸せだ。
だから、今聞いて、良かったのかもしれない。
サーファへの憎しみが消えた訳ではないが、もし、ラムアに再会する前だったら、きっと二人共を憎んでいただろう。
「ティア?」
ラムアが気遣わしげな視線を寄越す。
「大丈夫です」
全て、過ぎ去ったことだ。
だから、大丈夫だ。
そう思って、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
「サーファおにぃちゃんは北にいるの?」
「いえ、南に向かっているでしょう。ラジェンの者が揃っていないようですから」
ラグは、何を、どこまで分かるのだろうか。
「……南は何?」
恐る恐る訊ねる。
「さぁ? 近くにいかないと何とも言えませんね」
微笑みは崩さない。
「そういえば……転移の準備はできたの?」
ルゥの問いに答えるように、部屋の奥のインク壷の隣に置いてあった場所に顔を向けた。その間も紋様を描く手は止めない。
「皆様、そこにある蝋燭を取って、お一方ずつ陣円の上へ。溶けた蝋が地に落ちる時、この陣円は力を発揮するでしょう」
やはり、そんな魔術は聞いたことが無い。
この世界で魔術を使うのならば、言の葉による世界への呼び掛け……謂わゆる呪文、と呼ばれる言葉が必要不可欠なのだ。
そして高度な魔術になればなるほど、呪文以外の要素も必要になってくる。例えば、日時や天候。あるいは、清められた水や宝石などの魔力を蓄えた道具である。
「呪文は無いのか?」
ルイザ曰く、魔術とやたら相性の悪いティアは、怪訝そうに眉を寄せる。
「必要ありません。しかし、ご安心下さい。ここにいらっしゃる、どなたをも無事に北にお送り致しましょう」
そう言ってラグは手にした筆を置いた。
あとがき
- 2011年07月19日
- 改訂。
ティアは葛藤するキャラというイメージ。
- 2006年06月17日
- 初筆。