8章 友達001

「待って、待ってってば!」
 前を走る黒い髪の少年はいくら言っても歩調を緩めてはくれない。
 足が疲れて鉛のように重く感じる。
「待っ……」
 小石に蹴つまずいて勢い良く転ぶ。身体の前面を強く打ち付けた。身体がひりひりして痛い。
 ボロボロと目から水が出てきて、前が見えない。
「……ティアっ」
 思いっ切り叫ぶと、前を走っていた少年が振り返る。
 自分と同じ色の瞳がこちらを見る。
 彼は少しだけ驚いたようにして、こちらに戻ってくる。
「……怪我したのか?」
 僕はこくこくと頷いた。
 全身が痛い。
「立てよ……ほら」
 立たないと怪我がどれ程酷いのかが分からない。僕は、ティアが差し出してくれた手に掴まって立ち上がる。
「……っく……痛いよぉ……」
 膝小僧やらを擦り剥いたりしているが、少し血が出ているくらいで特に何ともないようだ。
「痛いよぉ……っく……」
「大丈夫だから。こんなの舐めとけば治るって」
 だがこいつは泣き止まない。
「俺は行くからな」
 日が暮れる前に、今日の夜営地を探さねばならない。
 泣き止まない連れに背を向けて、一歩踏み出す。
 くいっと服の裾を引かれて、ティアは苛立つ。
 泣き声が耳に響く。
「泣くなよ男だろ?」
 そう言った途端に、一瞬泣き声が止んだ。
 ティアが安心したのも束の間、耳をつんざくような声が聞こえた。
「……違うもんっ! 僕は、僕は……女の子だもん!」
 そう言い捨てて彼――否、彼女は地を蹴った。
「お、女……の子?」
 呆然としたティアを置き去りにして、彼女は、驚く程に速く駆ける。
 取り残されたティアは我に返り、慌てて少女を追い掛けた。

 ただ知らなかった。
 傷つけるつもりなんかなかった。
 一人称は『僕』で、自分と同じような格好をしていたから――だから間違えただけだ。
 なのに、罪悪感が全身を支配する。
 彼……女は命の恩人で、初めて出来た友達だ。
 そんな彼女を傷つけた。
「……リネっ!」
 森はもうすぐ闇に呑まれる。どんくさいあいつは必ず道に迷うに違いない。
 だからどうしても追い付かなければならない。
 だから、ティアは全速力で走った。

「僕のお姫様。手を」
 彼女は美しくなった。
 男は差し出された手を恭しくとって口づける。そしていつものように彼女の手を引いてやるのだ。
「もうすぐだね。嬉しいかい?」
 彼女はただ一言を除いて答えない。男はそのことを知っていて訊ねるのだ。
「……ティア」
 彼女の声は容姿同様美しい。透き通るような声音に心を奪われる。
 男はくすりと笑んで、彼女を引き寄せる。
「僕の綺麗なお姫様」
 そう耳元で囁いてから、彼女の胸のリボンを解いてゆく。
 だが、まるで人形のように、彼女は抵抗を見せなかった。

あとがき

2011年05月19日
改訂。
ティアって友達いなさそう……。
2005年10月11日
初筆。

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