25章 砂の中の花 002
濃茶の髪に琥白色の瞳。そして小麦色の肌が、この地方の人間特有のものである。
だが、彼らの長だと名乗ったラグは、その特徴に当てはまってはいなかった。
キメの細かい陶器のような白い肌に、耳の辺りで大雑把に切られた髪は白い。
後ろに控えていた、付き添いだろう二人が茶色っぽのに対して、ラグは異様に白い。
「お客人は久方振りなのですよ」
髪と同じ色の包帯は、両目を覆っているのに、少年の動作には迷いや躊躇いが一切無い。
ラグは、自分の家だという建物に客人達招くと、テキパキと茶を出し、そして自分も向かいに座った。
「ありがとうございます」
素直に礼を言って、茶器に口をつけた。
甘い芳香が胸一杯に広がる。
「あの」
ティアが急かすように声を出したが、柔らかな微笑みがそれを遮る。
「……分かっております。貴方方の目的は」
「……!」
ラグは、少年とは思えない、穏やかな声音で話す。
「一息ついたことですし、……参りましょうか」
ここは階段を降りてすぐ広がっていた森の中に建てられた、小さな小屋である。
場所は、森の入り口から少し入った所だったが、鬱蒼とした森の中を、彼が先導し、ここまで連れてきたのだ。
道はかなり複雑で、もし少年がいなかったらと思うだけで恐ろしい。
「外へは、町の奥の社から出られますので」
五人が一様に顔を見合わせた。
「……どういうことなの?」
ラムアの問いは最もだ。
「貴方方がいらっしゃることは存じておりました」
ちらりとルゥの方を見た気がしたが、気のせいだろう。
「間もなく、……敢えて時期の特定は致しませんが、そう遠くない時期に、この世界にとっての転換期が訪れるでしょう。その為に、殿下がお呼びなのでしょう?」
口元は、相変わらず微笑んだままだ。
「何それ……どういうこと……?」
「殿下って……もしかして、ロナちゃんのこと……?」
「転換期……とは?」
唐突な言葉に、口々に疑問が漏れる。
何だかよく分からないことばかりだ。
「時が来れば分かることです」
それ以上は言わない。
その無言の圧力が一同を黙らせる。
「皆様は、北からいらっしゃったのでしたよね?」
「そう……だけど」
納得のいかない表情で頷く。
「此処は、太陽が無いせいか、少し時間軸がおかしいようなのですが、北からいらっしゃったのでしたら、地上では既に結構な時間が経っているはずですよね?」
「まぁ」
曖昧に返事をする。
明らかに怪しい、訳知り顔の少年を信用しても大丈夫なのかが、分からない。
「やはり、急いだ方がいいですね。社までは、三日程です」
少年は椅子から腰を上げてそう告げる。
「一つだけ訊いてもいーい? 」
今まで黙り込んでいたルゥが口を開いた。
「何でしょう?」
同じ年頃か、あるいはどちらかと言えば、ルゥの方が年上のように見えるのだが、二人はどこか正反対だった。
「あのね、東の要は何なのかなぁと思って」
そうだった、ラグのペースに呑まれていたが、ここに来た目的はそれなのだ。
ラグはふっと表情を弛めて、一瞬、年相応の表情(かお)をしたような気がした。
「目聡い質問ですね」
「そう?」
ルゥはただ笑っている。
少年は観念したかのように、こう呟く。
「要の名はラグ」
「……え?」
驚かないのは、問いかけた本人と答えた本人だけである。
「やっぱり、そうなんだね」
微笑みすら浮かべて。
何故か、そうだと思っていた。彼を見たときから―――
「というわけです。皆様、行きましょうか?」
可愛らしく、小首を傾げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしは納得できないわ!」
それは当然だろう。
「西の要は何百年も生えていそうな大木だったのよ!? なのに、東が人間だなんて……しかもこんな小さな男の子だし」
「あと二ヶ所程の要は、人間のはずですが?」
……はい?
難なく言ってのける少年が、少し憎たらしい。
「兄さんはそんなこと……一言も……」
「では、アレは……何でござるか」
少し言葉を濁すようにして訊ねる。
「ソレは社に」
二人だけで会話するのは止めて欲しい。
「アレとかソレとは?」
低く唸るような声に、一同は一先(ま)ず静まる。
「その太刀と同種のものですよ」
ラグは真っ直ぐにルゥの方を見て言う。
ルゥの腰に下げられた剣の柄にある宝石が、鈍く紅い光を放っていた。
「これと……?」
少年ではなく、ござるの方を見る。
暫く見つめられた後、観念したように、遠くに思いを馳せる。
「サーファ殿が集めているでござるよ。何でも、魔術に必要だとかで……」
脳裏に浮かぶのは、蒼い石のついた小さな指輪。
「そういうことは早く言いなさいよ」
ラムアの容赦ないつっこみに、ござるは黙るしかない。
「とにかく、始まりの魔術師の所に戻らねばなりません」
「始まりの……?」
「あぁ、それは、一早く、転換期を予測した者のことです」
よく……分からない。
だが、この中にいないのであれば、魔術師と聞いて、思い当たる人物は、ただ一人。
「サーファ・スティアスがそうなのか?」
「名は存じておりません。ですがその者は確かに、この転換期を予測していました。その為の準備も、おそらくは」
知らなかった。
兄が、急に遠い存在に感じられてくる。
そんな思考を遮り、ルゥが言う。
「じゃあ 、行こっか?」
ルゥは、ぴょこりと跳んで立ち上がる。
妙な高揚感が胸の内にあった――
あとがき
- 2011年07月17日
- 改訂。
- 2006年06月15日
- 初筆。