11章 再会 001
「君が彼の隣で笑えるかどうかは、君次第だよ?」
紅い目の男がそう言った。
「僕等は任務を全(まっと)うするさ」
顎を掴まれて顔を上げさせられる。そしてそのまま顔を近付けられた。その動作はいつも通りのようで、とても荒々しかった。
「……ん……っ」
抵抗しようとしても逃げられなかった。
多分怖かった。
彼と会えなくなるのが――
涙は出ない。
そんなものは遠の昔に無くした。
「……すまない」
彼女には見えないのだけれど――暫くそうした後、静かに顔を離し、男は血溜まりのような色の瞳を伏せた。
長い間、見る事も話す事も止めてしまった彼女は、何も言えなかった。
「……少しの間、じっとしているんだ」
そう言うと、男は片手を広げて、彼女の右目に押し当てる。呼吸を整え、短く言葉を発す。
「治癒(ディディール)」
強い、魔力の影響で髪が微かに浮き上がる。
「償いって訳じゃないけどね。これは……ご褒美ってところ……かな?」
彼は手を離すと笑って言った。
「まぁ片方しか無理なんだけどね。君の大事な彼が持っているものがあれば別だけれども」
斑(まだら)にも見える灰色の髪に、血溜まり色の瞳。
「僕の愛しの姫君……幸運を」
口元に浮かぶのは皮肉な笑み。だが、後悔は無かった。
「……もしも僕の妹に会ったら……」
男は頭を振って、言葉を中断する。
「否、何でも」
「……有り難う。貴方の妹に会ったら伝えるわ。貴方は元気で、とても優しい人だって」
男の言葉を奪うようにして、彼女はこの三年間で初めてまともに言葉を話した。
男は驚いたようにはにかんで、彼女の包帯を外す。
「あたしは知っているから……」
ずっと開くことの無かった、右の宝石(エメラルド)が、生き返ったように光を取り戻していた。
「僕には不似合いな評価だね」
そう言ったら、彼女――ラムア・ゼアノスは男の頬に口づけを贈った。
「光栄だと思ってくれると有り難いわ」
嫌な予感がする。
何とも言えない胸騒ぎがした。
その証拠に、天幕の周りがバタバタと煩い。忙(せわ)しなく走り回る足音がいくつも聴こえた。
「――がっ……」
「――はあちらに……!?」
「はい、――は無事です。ですが――」
全部は聴き取れなかったが、時折耳に入るのは、どれも緊迫した声だった。
何かあったのか……。
「おにぃちゃん……」
ボク怖いよ……、と泣きそうな声が聴こえた。
ちらりと声の主に視線を向ける。その怯えた紫の瞳がティアを捉える。
「……ちっ」
自分でも気付かぬ内に舌打ちをし、ティアは立ち上がる。そして繋いだ手を離さずに、短く言う。
「俺は外を見てくる。お前はここで待ってろ!」
そう言い捨てて行くはずだったのに、ルゥはその手を離さなかった。
肩口で切り揃えた金の髪が揺れる。
「ボクも行く!」
「……!」
お前には無理だ、と言おうとして主の言葉が蘇る。
――ルゥを、宜しく頼むわ。
主は念を押してそう言った。
「……くそっ」
「……ついて来てもいい。否、お前も連れて行く。……但し、足手まといにはなるなっ。お前と……お前の大切な人の命がかかっているかもしれない!」
早口でそう言ったのに、ルゥはきちんと理解して頷いた。
「覚悟は出来てるよ。おねぇちゃんを助けないと」
そう言うルゥは、先程とは比べものにならないくらい、威厳と覚悟に溢れていた。
「じゃあ行くぞ」
ティアは繋いだ手を強く握り直すと、天幕の入り口に近付いて外の様子を窺う。
外の会話からして、敵襲のようだ。それも複数人。事態は思ったより深刻そうだ。
「……やはり、敵か」
「武器は……?」
「確認出来る範囲で、帯刀者が数人と……」
そう言ったところで、ティアはある事柄に思い当たる。
即ち、己の腰に下げた剣が二本あることに。
だからティアは素早くそれを柄ごと外してルゥに手渡す。
「ボロ刀だが、自分の身は自分で守れ」
魔剣だとは言わなかった。魔剣は魔力を持った者、つまりは適合者だけがその力を発揮させることが出来るのだ。
だが、無いよりはマシだろう。
「うん!」
ルゥはその魔剣、イチゴショートをしっかりと握り締めて頷いた。
その魔剣の柄を彩る紅い石が鈍く光を帯びたことには誰も気付かなかった。
「行くぞ!」
今度こそティア達は天幕から躍り出た。
あとがき
- 2011年05月30日
- 改訂。
- 2005年11月17日
- 初筆。