21章 予兆 003
「どうしてシディアが……」
ラムアが困惑した声で呟く。
当然だろう、彼女はこの辺りの土地一帯を治めていた公爵の一人娘で、将来は、ティアと一緒にその土地を治めていくはずだったのだ。
「そんな話聞いたことも無いわ」
幼い頃を振り返っても、一度もそんな話なんか聞いたことが無かった。
「ここが、その場所だという理由は?」
ティアも心当たりが無いのだろう、ルイザに説明を促す。
「にい……サーファ・スティアスと直接話した訳では無いから断言は出来ないんだけど、北はここに違いない」
少しだけ顔をしかめてルイザは続ける。
「いつからかは分からないけど、昔と違って、今この場所は、濃い魔力の匂いがするよ。それも、どちらかというと僕の苦手な部類の匂いだ。それに……」
何の理由も無く、兄が、こんな滅んだ土地にいる理由なんて思いつかない。
「ござるちゃんが彼から東に行くように頼まれたってことは、地理的にもその可能性は高い」
おそらく、兄は僕の知らないことを知っている。
それが何かは分からないけど。
自分の周りには常に危険があった。
神の悪戯か、彼は稀に生まれ堕ちる天才だったから。
逃げて――……
そう叫んだ直後に鮮血が散る。
紅い、紅い薔薇の花弁のように。
信じられない程に、鮮やかに、生命(いのち)の灯(ともしび)は消える。
「いやー……っ! お父さんっ! お母さ……むぐっ」
「静かに!」
取り乱して泣き叫ぶ妹の口を強く押さえて、抱えるようにして、実家(いえ)から離れる。
「いい子だから……な?」
もう、きっと両親は助からない。
だからこそ、自分が妹を守らなければならない。
でないと、二人を逃がしてくれた両親の気持ちを無駄にしてしまうことになる。
だから、走った。
何も考えずに、ただ遠くを目指して。
啜り泣くような声は、泣きつかれたのか、途切れ途切れで
「落ち着いたか?」
逃げている間も、ずっと泣きべそをかいていた聞き分けの悪い妹の頭を撫でてくれる手は、こんな非常事態でも、いつもと変わらない優しくて温かい手だ。
「……ごめんなさい」
「お兄ちゃんが付いているから」
こくり頷いて、兄に身体を預ける。
気持ちを落ち着けるには寝てしまうのが一番だ。
「おやすみ」
額にキスを落として、そっと立ち上がる。
只、本能の赴くままに、少女の元を離れた。
彼らの実家(いえ)の辺りで十数体の遺体が見つかったのは、次の日の朝のことだった。
あとがき
- 2011年07月06日
- 改訂。
- 2006年00月00日
- 初筆。
ルイザとサーファ。幼き日。