25章 休息 003

「殿下、やはり転移の魔法を使いましょう」
 もうすぐ日が落ちる。
 今日は、あの忌々しい女の相手と、川に落ちた王女の服を乾かしたりで、丸一日無駄にしてしまった。
 たまにはこういうふうにゆったりと過ごすのもいいのかもしれないが、ただ彼には時間が無かった。
 先日、新たな魔術によって流れは変えられてしまった。
「だって、貴方が疲れるじゃない」
 歩いても疲れることには変わらないのに、ここに来るまで、彼女はその意見を通し続けていた。
「歩けば殿下も疲れますよね?」
 彼女を説得するのは厄介だ。
 屁理屈、というわけではないのだが、強いて言うのなら、全くの正論を、正論らしく述べるのだ。
「二人だと平等でしょう?」
 そういう問題でもなくって。
 だから、少し考えて一番効果的な言葉を探す。
「殿下に危険が及ぶと、私が貴女の騎士殿に怒られます」
 ……多分。
「ティアが?」
 ほら、貴女は瞳を輝かせて。
 そんな瞳を見ていたくなくて、別の理由も引き出す。
「時間短縮も、出来うる限りしておきたいところですしね」
 澄んだ、青の瞳に、闇は映さない。
 闇に全身を委ねた、自分とは違う。
「殿下」
 腕を伸ばす。
 手は、空を掴み、そして日は落ちる。
 薄紫のヴェールが、二人を包み、そして間もなく闇が訪れる。
「明日、日が上る前に出立です。方法は」
 パチパチと、薪の爆(は)ぜる音だけが、暗い森に響き渡る。
「転移の魔術です」
 どこか強引に。
「睡眠はきちんととって下さいね」
 けれど優しく。
「……分かったわ」
 我が侭はいけない。
「……おやすみなさい」
 ロナが木陰で丸くなって眠ってしまったのを確認してから、サーファは音もなくその場を離れる。
 我が侭はいけない。
 羨むのはいけない。
 頭(かぶり)を振って、川の冷たい水で顔を洗う。ついでに束ねた髪を解いて、頭も一緒に。
 長い髪が、月の光を反射して、鈍く銀色に輝く。
 川の水は少ししょっぱかった。
「…………大バカね」
 焚き火の側で横になったまま呟く。
 誰が、とかではなくって。
 …………ホントはね、少しだけ貴方と同じ道を歩いていたいと思っただけだから―――

あとがき

2011年07月15日
改訂。
2006年06月17日
初筆。

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