7章 因縁003
「ティア!!」
唐突に、耳にびっくりする程の叫び声と、背中に柔らかい温もりを感じる。はっとして振り向くと、金の髪と青の宝石が見えた。
「ルイザも!! 何やってるのよ!」
ロナが自分よりも大きなティアの身体を羽交い絞めにしようとする。
「ロナ様」
この場にお不似合いな程、頭は冷めていた。
それは自分を見つめる瞳が、緑色(エメラルド)はなく青色(サファイア)だからか。
「起こしましたか?」
先程までの衝動は失せ、今はいつもよりも穏やかな気分だった。
「起こしましたかじゃないでしょ! こんな物騒なものは早くしまいなさい!」
ティアの手に己のそれを重ねて、ロナは剣を鞘に直させる。ティアはそれに逆らうことをしない。
「ロナ様……」
自分の声が紡ぐ名前のは、今までにたった一人愛した方の名前ではない。
だというのに――
光が入ると人を惑わす金緑色になるエメラルドよりも、光が入って尚、深みを増すサファイヤが心を落ち着けてくれるのか。
「話が違うわ。ルイザ」
話……?
ロナはティアから離れないで、真っ直ぐにルイザを見る。
「貴方はティアの昔馴染み。だから私に話を持ち掛けた」
昔……馴染み?
俺と、あいつが?
「ティアと話す機会が欲しいって」
ルイザは何も言わない。
「私は、ティアに笑って欲しかったから、それを許可したわ。……なのに」
ロナがティアの背中から回した手を強める。
「貴方はティアを傷つけた!」
ルイザの表情は変わらない。
「ティアを傷つけるのなら、貴方は此処にいるべきではないわ。此処にいることは私が許さない!」
主が臣下を守るのは当然だ。
ルイザは軽く息を吐いて、うーんっと伸びをする。
「仕方ないね。第六王女様とは仲良くなれそうだったんだけどね」
微かに笑ってルイザが言う。
「馬は貸しておいてあげるよ、僕のお姫様」
パチリとウインクをしてルイザは両手で宙に何かを描く。
それは複雑な紋様で、軌跡は銀の粒子を纏い、蒼く発光する。
「……転移(シャヤ)」
静かにそう告げると、ルイザの身体は闇へと誘(いざな)われる。
「消えた……?」
「彼は魔術を扱います」
ロナの呟きに答えるようにして、ティアが説明する。その声が案外近くて、ロナはびっくりする。
だってまだ、ティアを抱き締めたままだった。離れるべきだと思いながら、いきなり離れるのは変だ。絶対怪しまれる。
どうするべきか。
「あ、あの……平気?」
とりあえず話を振って、機会を伺うことにする。
「あぁ……いえ。ありがとうございました」
ロナが止めなければ恐らく、自分を傷つけていただろう。
まだ復讐を果たしていないというのに――
「い、いいのよ。当然だわ」
ティアがいつになく素直な気がする。
だけど、機会はまだ訪れてはくれない。
「ロナ……様」
ティアが己の首元に回されたロナの手に触れる。どうやらロナは完璧に機会を失ったらしい。
「ルイザとはいつ?」
ティアとロナは殆ど行動を共にしているはずだった。だがルイザとロナがそんな話をしているのは見たことがなかった。
たった一日を除いて。
そう、あの滅んだ村、サティォスに滞在していた時を除いて。
あの時ばかりは一日中、ロナの護衛を彼女の叔父に任せていた。
「サティオゥスですか?」
「ええ……そうね。あの時だわ。彼に頼まれたのは。馬を用意するからお願いって言ってて……。勿論、こちらとしても有り難い申し出だったから。ティアは多分覚えてないけど、ずっと探していたんだって」
「……」
彼が誰なのかは思い出せなかった。ただ一つ言えるのは、滅んだ村の近くにいる人間など信用するべきではなかったのだ。
「……ごめんなさい。私のせいだわ……私の……」
「違います」
それは……。
「俺のせいです」
そう言いながらも反論する自分がいる。
全ての原因は奴だ。
サーファ・スティアス。
シドアの民一掃政策を指揮した張本人――
視界の端に金の髪が入る。背中に感じる温もりが心地良い。
その先に見えるのは澄んだエメラルドではなくて、深みを帯びたサファイヤ。なのに――
「……少しの間、このままでもいいですか」
それは願いのような言葉で、ロナには断ることなんて出来なかった。
あとがき
- 2011年05月18日
- 改訂。
ロナは3人部屋で、ずっと布団に潜って待機していました。あと、少し広めの宿です。きっと。 - 2005年10月03日
- 初筆。