26章 侵入 001

 得体の知れない力に身体を委ね、思考を麻痺させる。
「到着です」
 声が聴こえた時には、身体は、徐々に感覚を取り戻していく。
 何度か経験したが、未だに理屈は分からないし、何より慣れない。
 ほんの少しの時間のはずなのに、長い間、別の何かであったかのような錯覚に陥る。
 すうっと目を開いた時に広がるのは見たことのない世界で、不安と同時に、変な高揚感をも得る。
 私はここにいるのだと、誰が知っていようか。
「懐かしい……」
 思わず言葉が溢れたのは、彼女自身想定外だったに違いない。
「殿下」
「……あ、ごめんなさい。少し、茫としていたみたい」
 ここは少し前まで彼女が人生の大半……否、一日の大半を、独り過ごした部屋だ。
「この国はもう少し、優秀な魔法使いを増やした方がいいですよ。少し力のあるものならば、容易く侵入出来てしまうでしょう。……そう、丁度私のように」
「進言ならお父様にして頂戴。貴方ならそれが出来る立場にあるはずだわ。……私には何の力も無いわ。そう、私にはこの部屋の扉を開けて外に出ていく勇気すら無かったのだから――」
 今は……どうだろう。
 外に出てから仲良くなった人はたくさんいる。
 確かに、怯えた人もいたし、自分を捕まえようとした人もいた。
 だが、今仲間と言える人達は一度も怯えなかった。そのことに驚き、戸惑ったが、同時に安心した。
「サーファ・スティアス……いえ、サーファ」
 強い光を色違いの瞳に宿して宣言する。
「案内するわ。着いて来て」
 眼帯など要らない。
 手は、まだ震えるけれど、怖くはない。
「まだです」
 だが、出鼻を挫(くじ)かれた。
「え?」
「ここでは殿下の容姿は目立ちますので、怪しまれぬよう、変装が必要でしょう」
 にっこりと口の端を上げて。
「どうせなら女官の格好の方がよかったのですが、そんなことも言ってられませんね。ロイドには私の部下の格好をして頂きます」
「ロイド……?」
「殿下の偽名にございます」
「偽……名って」
「そうですね、まずはこちらの服と髪は……」
 どこから出してきたのだろう。サーファが差し出すのは彼と同じ、アリアス国正規軍の軍服である。
「まとめて帽子の中に入れれば良いでしょう」
 それに、どうしてこの人はこんなに楽しそうなのだろうか……。
「どうして変装なんて……」
「殿下がこの城にいらっしゃること自体、本来なら有り得ないことではないのですか?」
 アリアス国第六王女は、世界を救う為に旅に出た。そういうことになっているはずでしょう、と。
「それに悪く言えば、我々は王家の宝を奪いに来た盗人です。それがどういうことかお分かりですね?」
 この人、絶対面白がっている。
「もうっ、…………分かったわよ」
 ぷいっとそっぽを向きつつ、青の軍服を受け取る。
「理解が早くて安心致しました」
 わざとらしいったらありゃしない。
 そう思った時、いいことを思いついた。
 だから、少しだけ気を取り直して言う。
「部下に敬語は使いませんよね、隊長?」
 彼は一瞬驚き、満足そうに微笑む。
「上出来だ、ロイド」

あとがき

2011年07月20日
改訂。
ロナの中では敬語=壁(心の距離)だと感じてしまう部分があるのです。
2006年06月21日
初筆。
男装してみる。

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