3章 仮面舞踏会 003
ロナは差し出された手に、躊躇いなく自分の手を重ねた。
そして、ティアはその手を自分の方に引き寄せる。
えっ、と思う間もなく、ティアはロナの手の甲にそっと口づける。
その動作は極めて自然で、不自然なところなど微塵もない。
ロナは思わず声を出しそうになったが、どうにか気を静める。多分全身真っ赤になっているだろうことは容易に想像出来た。
ロナはそういうことには不慣れなのだ。
「じゃーんけーん」
子供達の声が聞こえる。
今日は王族と、それに近しい者達だけでの細やかな集まりだ。
「……ぼ……僕……」
泣きそうな声が聞こえた。
どうやら今日はサディアド公爵の息子が一人負けをしたらしい。その少年に勝った子供達は一斉にほっと胸を撫で下ろした。
よく見れば、そこにいるのは少年達だけで、少女達の姿は見えない。
それもその筈で、なぜなら彼等は罰ゲームを受けるべき人間を決めていたのだ。
このささやかな集まりで幾度となく行われている罰ゲームこそが――異端の姫君の手を取り、一緒に踊ること、であった。
そしてその主役である王女は、何も言わずにその光景を眺めていた。
もう……これで何度目だろうか。
初めは悲しかったし、憤りも感じた。
だけど、もう……諦めてしまった。
心が麻痺したのかもしれない。
彼等から見れば自分は異端で、魔物なのだから。
「よ、よろしく……お願い……します」
少年の声は震えていた。そしてロナとは目すらも合わせたくないような様子でロナに手を差し出す。
それは、まるで恐ろしい魔物に手を差し出すかのように――
「姫」
耳元で、短く呼ばれた言葉に、ロナは拒絶反応を示す。
「嫌っ」
古い記憶とは恐ろしいものである。発作のように、その当時は心の底に押し込めていた気持ちすらも伴う。
だがティアは、ロナが振りほどこうとした手に力を込める。
今、目立った事をしてはいけない。
時折感じる視線は、まだこちらに気付いてはいないようだ。
候補の中には入っているが、敵はまだ標的を見極められないでいるらしい。
ドクドクと血流の音がする。
――ワタシハマモノジャナイノ。アナタタチトオナジニンゲンナノ。
「姫」
先ほどよりも強く掴まれた手が温かい。
でも、あの時の少年はそうじゃなかった。まだ小さな手は、恐ろしさで白く、冷たくなっていた。
ちがう……これはあの時とは違う。
深く呼吸をする。
「……てぃあ……」
泣きそうに掠(かす)れた声だった。
今、目の前にいる彼は、ロナのことを恐れてはいなかった。
――ワタシハマモノナンカジャナイ……。
あの時は、どんなに否定しても否定し切れなかったのに、今はその言葉が、普通のことのように思えた。
繋いだ手からティアの体温が伝わってくる。
こんなに近くで人と接するのは一体いつぶりだろう。
「このまま俺と踊っていて下さい。心を落ち着けて、自然に」
ティアの指示が耳に心地良かった。
「この曲が終わったら俺に付いて外へ」
ティアのエスコートは完璧だ。一点の迷いも狂いも無い。
だから安心して、身体を委ねることが出来る。
「分かったわ」
ロナはそっと呟いた。
木を隠すなら森に。
舞踏会でダンスをしない馬鹿はいない。
だからティアはロナの手を取った。
敵に気付かれる前に、この場を離れるべきだ。
なのに、ティアは今ではなく、ダンスの相手に過去の……幼き日のことを重ね合わせていた。
それは、彼が王女の護衛であることを忘れてしまいそうなくらいに、甘美な誘惑であった。
あとがき
- 2011年04月25日
- 改訂。
短編書いたけど、このシーン細かい部分忘れてた……矛盾が出ていないといいなぁ。 - 2005年06月30日
- 初筆。