18章 契約と嘘 002
「少し……血が必要なんだ」
痛いけど、契約者の血印が必要なんだ。契約には紋章を描かなければならないんだと、ルイザは言った。
それくらい平気よ、と言ったものの少し不安である。
そもそも本当に自分で良かったのだろうかと、疑問は後から後から湧いてくる。
「まぁそんなことばっかり言ってられないっか……」
キリッと顔を上げて、一人で巨木の前に行く。周りには村人達が不安にそうな表情(かお)でラムアの一挙一動を見ていた。
余計な事を考えずに、神経を集中させて、言われた通りにきちんとやり遂げないと。
「ハチタシタワ ヲチタタナア ルケスタ! デツュジマ ワウカチ」
深呼吸してから高らかに宣言する。
周囲からは歓喜の声が上がる。
その声を背中に聴きながら、ラムアは空まで伸びた大木を見上げた。
右手で、ルゥから借りた魔剣イチゴショートをしっかりと握り締める。
魔法に使う道具というのは、それ自体が魔力を持つ物の方が何かと良いらしい。
「誓(アズマラ)」
彼らには正しく理解出来ないかもしれないが、助けるにしろ見捨てるにしろ、魔術的な関係があった方がいい。今回、大切なのはいかにもそれっぽく演じることだと、ルイザが言っていた。
「縁(ディ)」
ちらりと視界の端に三人の姿を捉える。
そして折角手当てしてもらったのに、ラムアはこの間木の枝で切ってしまった所をその魔剣で少し斬る。
鮮血は珠のように連なり、軽い痛みに表情が歪んだ。
「援(フェアラ)」
その血で、巨木の樹皮に紋章を描く。
三つの円と、それを繋ぐ三つの直線――それらは誓いの印。
最後にその中央に魔剣を突き立て、それは完成する。
「この村の解放を」
ラムアは魔術的な誓いによって、この村に縛りつけられた。
誓いを果たすまでは決して、その効力が切れない。
「兄……さん」
誰の耳にも届かないくらい小さな声でそう呟く。
僕は悪い子だ。
自分の目的の為に彼女を利用しているのだから。
ふいに、か細い声が耳に入った。
「ししょー……」
この村に入ってからずっとルゥは不安げだ。
「どう……した?」
自分は何ともないが、もしかしたらルゥとこの村の魔力は相反するのかもしれない、と思って、彼の顔を覗き込む。
「ロナおねぇちゃんが泣いてる……」
「え?」
そう言うルゥも、今にも泣き出しそうである。
「分かるの……?」
こくりと頷く。
「どうやって……?」
そう簡単には信じられない。
「わからないけど……わかるの。どこかで、ロナおねぇちゃんが泣いてる」
言っている間にルゥの紫の瞳から、ポロポロと涙が溢れる。
泣いているのはルゥの方ではないか。
でもだからといって、何を言えばいいのだろうか――
分からなくて、ルイザは腕の中にルゥの頭を引き寄せた。
ラムアが高らかに宣言する声が聴こえたが、ルゥの耳にはどこか遠くのことのように響いた。
ただ抱き留められるぬくもりだけを近くに感じていた――
ことりと、静かに大地が動いた。
それは本当に僅(わず)かな動きなのだけれども。
――僕の大切なラグジェル。
もう君を喪(うしな)いはしない。
絶対に。
あとがき
- 2011年06月26日
- 改訂。
- 2006年03月06日
- 初筆。
契約完了。