17章 閉ざされた村の秘密 003

 話はこうして始まったのだ。
 昔、一人の魔女がいた。その魔女の力は強大で、同時に尽きぬ探求心と好奇心をも併せ持っていた。
「世界を知りたいわ、あたしは」
 ある日彼女は、愛する男にこう語った。
「世界を? 君の飽く無き探求心には感服する」
 男はいつものことだと、大して驚きもしなかった。
「ん、知りたい」
 へへっと笑う彼女の中に、どんなに強い意思があるのかなんて見当もつかなかったし、魔術の造詣が浅い彼はそんなことを考えてみたこともなかった。
 そして、彼女は少しだけ躊躇いがちに言葉を続ける。
「……その、あたしを」
「……?」
「あたしを……」
「どうかしたのか?」
 彼女の瞳に翳(かげ)りが見えたのは気のせいか。
 彼女は首を横に振って、そして呟いた。
「あたし……莫迦(ばか)みたい……ごめん」
「え……」
 そこでようやく彼は、異常事態に気が付いた。
 気の強かった彼女はそんなことを決して言わない。彼女は弱い部分なんて絶対に見せない。
「……サラ?」
 不安になった男は、風と戯(たわむ)れていた彼女に手を伸ばす。
 すぐ目の前にいるのは偉大な魔女ではなく、他の人と何ら変わらない一人の女だった。
「シディア……ごめんね」
 彼女の頬に、はらはらと涙が散った。
 精一杯伸ばしたその手から、彼女は容易(たやす)く逃れてしまう。
「……転移(シャヤ)」
 呪文を言い終えた後に、彼女は僅かに微笑んだ。
 それは、壊れてしまう寸前の、儚い笑みで、男が何か言う前に彼女は消えてしまった。
 それ以降、彼女は――サブラル・ディ・マーティアが、再びシディアの前に姿を現すことはなかった――

 だが、時は移り、ある書物にこんな記述があった。
 男――シディアは、サブラル・ディ・マーティアを捜し出した。
 但し、それは生きた人間のそれでは無い。
 禁じられた魔術――死術に近い形で――彼は、愛する者に再会を果たした、と。

「ハラムノコ ノシツュジマ ヲウョギンニ バレケナケヅツリクツ ダノイナラナ!」
「ハアィデシ ダンシ?」
 ラムアは問う。
「ダンシ! ニノナ ニモトトイロノ イシマイマイノア ハウョギンニ ルイテキイ!」
 この村の人達は、村の外に出たことがないという。
 魔力を持たぬシディアが、愛する者を生かし続けるには、その代わりになる物を、別の形で集める必要があった。
「ガチウソノア リギカルア!」
 村人達が、一斉に村の中心に視線を移す。
「ガクボョキノア!」
 びくんと、魔剣イチゴショートが反応する。
「……! ししょー……」
 ルゥがルイザを見上げ、師匠は弟子の手を優しく握ってやる。
「あれが親玉か……」
 そこにあるのは古びた巨木。がっしりとした幹と天空(そら)へと伸びる幾本もの枝。
「ハレア ラカトソ イナラナバネサワコ」
「ムノタ ヲレア ヲレア レクテシワコ」
 口々に、懇願の声が上がる。
 ここは閉ざされた村。
 あの巨木を守る為だけに、人々は閉じ込められてきた。
「マイ ハウョギンニ コド?」
 ラムアは彼らを宥(なだ)めるようにして問う。
「ハニココ イナ」
「ハレア ニトソ」
 ちらりと視線を遣(や)って提案する。
「トマカナ ヲンカジウアシナハ イダウョチ」
「ダンロチモ」
 それはすぐに可決された。
「ワルスャシンカ」
 村人達は一斉に頭を下げた。

あとがき

2011年06月23日
改訂。
残念ながら、超重要そうな魔女さんたち2人を忘れていました。
2006年01月29日
初筆。
歪んだ純愛。
死術だってよヤッホイ☆

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