36章 二色 003
扉が閉まる音がして、二人はそっと肩の力を抜く。
気付かぬ内に、大分緊張していたようだった。
「殿下、お怪我はございませんか?」
女は、ベットに近寄りそこに座るロナに声を掛ける。
「ええ、平気よ」
無理矢理掴まれた時の爪痕は、まだ残っているかもしれないが。
「ありがとう。貴女が来てくれて安心したわ」
心の底からそう思ってロナは微笑んだ。
「いえ、遅くなってしまい申し訳ありません」
女は頭を垂れ、謝罪する。
「頭を上げて、訊きたいことがあるの」
「はい」
「さっきの彼女は何者なの?」
「……お答え出来かねます」
女は即答する。
「どうして?」
「言えません」
「……言いなさい」
「いけません」
何度か交渉したが、女は口を閉ざしたままで、詳しい情報は訊き出せそうにない。
どうしようか考えていたが、ふと思い出す。
「そういえば……。名前を訊いていなかったわね。貴女の名前は何?」
あまり感情を見せない女性ではあったが、この時ばかりは少し意外そうな顔をした。
「わたしのことはロナと呼んで欲しいわ」
「いいえ、殿下。貴女のことは今まで通り殿下と呼ばせて頂きます。そして、私は故郷を出る時に名を捨てて来たので、私には名乗るほどの名前がございません」
「どうして?」
「……」
「言えない?」
「……」
「……そっか。でも、呼び名が無いのはわたしが困ってしまうわ」
「殿下のお好きなようにお呼び下さい」
「じゃあ……マリー、なんてどうかしら?」
「!?」
女は大きく目を見開き、驚いたロナは慌ててフォローを入れる。
「ダメ? もしかして、嫌いだった?」
「いえ……」
少しの間何事かを考えた後、決心したように言う。
「…………昔、その名前で呼ばれていたことがありました」
「そうなの!」
それを聞いたロナは、その言葉を良い意味に捉え、嬉しそうに言葉を続けた。
「それは良かったわ、マリー! これからはそう呼ぶわね!」
「……ありがとうございます、ロナ様」
「!」
ロナは、先程拒否されたその呼び方で呼んで貰えたことで、もっと嬉しくなる。
役職ではなく、きちんと名前を呼んで貰えるはやっぱり嬉しい。
そして同時に、その呼び方をする黒い髪の青年の姿が脳裏をよぎる。
ロナは両手を胸の前に合わせて、ぎゅっと握り、声も無く、唇だけをそっと動かす。
「ティア」
ずっと離れ離れの、初めて名前を呼んでくれた男の子。
最後に会ったのはずっと前で、その時、彼は婚約者の女の子と一緒にいた。
小さくて華奢で女の子らしくて、とても可愛い子だった。
そのことを考えただけで、ズキズキと胸が締め付けられるようで、苦しい。
「ロナ様……? 顔色が優れませんわ。もう少し、横になっていて下さい」
その優しい声音に、我を取り戻す。
「え、あ、あぁ平気……。ありがとう」
深呼吸をして心を落ち着かせる。
きっと、また会える。
その時に――
あとがき
- 2013年07月10日
- 初筆。
ティアとロナ最後にあったのいつだっけ?と思って遡ったら、64番(ファイル名)だった……!
まさかの主人公とヒロインが本編約半分離れ離れwwwww
ごめんロナ……ちょっと酷だね。もう少し辛抱してね。