バレンタイン

「ルゥ、何作ってるの?」
「あ、師匠」
 ルイザはルゥの手元を覗き込んで問う。
「チョコだよー。もうすぐバレンタインでしょ?」
「バレンタイン?」
「あら、ルイザは知らない? 東の国では、女の子が手作りチョコを愛する人に渡して、想いを伝える日なんですって」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
 ルゥは、チョコを刻む手元から目を離さずに答える。
「もう、ラムアおねぇちゃん。違うよー」
「えーどうして?」
「それだったらボクが女の子みたいじゃない」
 少しだけ頬を膨らませてルゥは言った。
 その様子が可愛くて、ラムアもルイザも少し笑う。
「最近はねー。女の子だけじゃなくって、男女関係なく、大好きな人に日頃の感謝を伝える日なんだって」
「うふふ、ロマンチックよねー」
 ラムアはうっとりとそう言った。
「へぇ、素敵だね」
「だねー」
「……ってことは、ルゥも誰かにあげるの?」
「うん」
 ルゥは嬉しそうに微笑んだが、ラムアの手厳しい指導を受ける。
「あ、そこはもう少し細かくしないと」
「はーい」
「誰にあげるの?」
「えっと」
「秘密、でしょ?」
「うん、そうだね」
「えー秘密なの?」
 ルゥは微笑んで、唇に人差し指を当てる。
 少しだけがっかりして、視線を外すと、緑色の瞳と目が合った。
「な、何?」
「ううん、別に―」
「そう……?」
 そのあっさりした態度が腑に落ちなかったが、すぐに引き下がってくれて少し安堵する。
 ラムアはロナと違って、時々、強い意志を感じる。
 それは嫌なものではないのだけれど、でも心の奥を見透かされているようで、時々目を逸らしたくなる。
「……ルイザも作る?」
「うえ」
 思わず変な声が出た。
「いいよ、ボクは」
「どうして?」
 ルゥが小さな手で一生懸命、包丁を使う音がする。
「そ、そういう可愛い女の子がするようなことは……」
 昔から苦手だ。
 兄からは、母の手伝いをするようにと再三言われていたが、いつも途中で放って、裸足で外で遊んでいた。
「お兄ちゃんが喜ぶわよ?」
 兄のことを思い出していた時にそんなことを言われて、焦る。
「え、う」
 それはからかいの響きを含んだ声で、ルイザは即座に否定する。
「え、そ、貰ってくれる訳無いよ」
「決まりね」
「え」
 一切拒否する余地も無く、決められてしまう。
「ボクも師匠と一緒だと嬉しいな」
 鼻の頭にチョコをつけたルゥが、期待を込めた目で見つめるから、ルイザは頷くしか無かった。

「ティア!!」
「はい、ラムア様」
「大好きよ」
「……」
「ほら、あたしの手作りチョコを受け取ってね」
 ラムアはティアにへばりついて、特製のチョコを手渡す。
「……ありがとうございます」
「あんまり甘くないのにしたわ」
 ティアは僅かに頬を染めて頭を垂れる。
「ありがとうございます」
「気に入ってくれると嬉しいわ」
 ラムアは背は小さいが、スタイルも良くて、髪もつやつやで、溌剌としていて、とても可愛いと思う。それに料理も上手いし、何というか正直憧れる。
 ティアの婚約者だったと聞くし、ティアも満更でもなさそうだ。
「ずるいわ……私も、作ったのに」
 バレンタインというものについてラグに聞いて、ティアを驚かそうと思ってこっそり作ったはずだったのに、何故か先を越されている。
「……でも私のじゃ……」
 正直勝てる気がしない。
 だって、料理なんてしたことが無かったし……否、母は確か料理が、お菓子作りが上手かったはずだ。
 それなのに娘である自分はどうだろう……。
「何て残念なものを……」
 まず、オーブンの使い方が分からなかったから、火力が強すぎたり弱すぎたりで、当初の量より半減してしまった。
 そして、一応ソフトクッキーのつもりだったが、何だかとても固い。
 昔一度食べた堅焼きせんべいというお菓子のようだ。
「せめてラッピングくらい……」
 とは思ったが、身の回りのことは女官たちが全てしてくれていたロナには、リボン結びすら難しかった。
 それに比べ、ラムアさんのは、どこかの高級菓子店で作られたようだ。
 きっと味も比べ物にならないだろう。
 ぎゅっと包みを持つ手に力が入る。
「……ロナ様?」
「ふえ?」
「どうされました? 俺に話ですか?」
 部屋に入ろうとしたら、先にラムアが来ていたので、つい扉の前で立ち止まってしまっていたのだ。
「ティア……」
「それは?」
 手元にティアの視線を感じて、ロナは慌てて持っていた包みを身体の後ろに隠す。
「な、何でもないわ。ちょっと通りかかっただけだから」
「そうですか」
「ええ、そう。何でもないの、何でも」
 早口にそう言う。
「ロナ」
 部屋の中から声がして、二人は振り返る。
「あたしの番は終わり。次はあなたの番よ」
 片方だけの緑色の瞳は意味深にロナを見つめていた。
「あたしは義理チョコ渡してくるから、ティアの面倒見ててね」
 ひらひらと手を振って、ラムアは立ち去る。
「……ラムアさん」
「なぁに?」
 何か言おうとしたが上手く言葉にならずに、唾を飲み込む。
「次はサーファにあげなくちゃだから、忙しいのよ」
「「え」」
 ティアとロナの声が重なる。
「じゃーね」
 ラムアは二人の動揺に気づかないふりをして、その場を後にする。
「……行っちゃったね」
「はい」
 きっと今ティアは、ラムアさんの最後の台詞に思いっきり動揺しているのだろう。
「じゃあ私も行くから」
 そんなティアを見ていたくなくって、ロナはそう言った。
「あ、お待ち下さい」
 立ち去ろうとしたロナの腕を掴んで引き止める。
 驚いて振り返るとティアが予想以上に近くて、頭が真っ白になる。
「あの、ロナ様からのプレゼントがあると聞きました」
「え、あの」
「俺には頂けないのでしょうか?」
 ティアにしては、極めて丁寧にその言葉を口にする。
「大したものじゃないし……その……ラムアさんの方がすごいし」
 言葉は尻すぼみになって、消え入りそうになる。
「俺は、ロナ様のがいいです」
 ティアの黒い瞳がロナを捉えていた。
「ホント?」
 声が震えた。
「はい」
 その言葉を聞いて、恐る恐る包みを差し出した。
 ずっと強く握っていたから、最初よりもよれよれになってしまった。
「今度は、もっと上手く作るから」
 袋と同じ、惨めな気持ちでそう言う。
「はい。……ありがとうございます」
 ティアはロナの腕を離し、代わりにその包みを受取る。
「嬉しい、です」
 ロナはその言葉を聞いて、黙って頷いた。
「貰ってくれてありがとう」
「はい」

「ねぇ、師匠は誰にあげるの?」
「え?」
「やっぱり、サーファお兄ちゃん?」
「……えと、ティアかな」
「どうして?」
「だって、やっぱり上手く出来なかったし……」
 一番難易度の低いチョコを細かく刻んで固めるという作業をしただけなのに、ルイザの手はボロボロだった。
 でもティアならきっと笑って貰ってくれるだろう。
「あ、でもさ、ルゥのはとても綺麗に出来たね」
 ルゥが作ったのはチョコレートのケーキだ。
 ルゥは飲み込みが早くて、ラムアに教わった通りに手際良くそれを完成させた。
「ねぇ、誰にあげるの?」
 ルゥは少し考えこんでから、にこっと笑う。
「うーんとね、ござるちゃん」
「え」
 少し予想外の答えで、言葉に詰まる。
「ロナちゃんとかじゃないの?」
「ロナおねぇちゃんの分もあるよ」
「へ? そうなの?」
 ルゥが視線を向けた先にはラッピング済みの小さなチョコケーキが並んでいた。
「……いつの間に作ったの?」
「えーこっちのを作っている間に小さいのは焼けたよ?」
 全然気付かなかった。
 どんだけ必死に、こんな簡単なチョコを作っていたのだろう……。
「ルディ、僕に話があると聞いたが?」
「え、あ、おに」
 突如部屋に兄が入ってきて、ルイザの緊張感は一気に高まる。
「さっきラムアおねぇちゃんが呼んでくるって言っていたよ」
 にこにことルゥはそんなことを言う。
「何だ? 話が無いなら行くぞ?」
「え、あ、ちょ」
 どうしよう、どうしよう。
 頭をフル回転させても、答えが変わるわけでもない。
 ルゥに助けを求めてチラ見したが、ルゥは全く取り合ってくれない。
「えと、あの」
 紅い瞳がこっちを見ていると思っただけで、全身から汗が噴き出る。
 世の中の女性達はこんな状況で告白なんてよく出来るな、と妙に冷静に思ったが、そんなことで事態が改善する訳ではなかった。
「師匠がね、お兄ちゃんの為にチョコを作ったんだよ?」
 小首をかしげてルゥが助言する。
「ルディが?」
「え、あ、うん。一応」
 ルゥが助けてくれて良かった。
 でも、兄にあげられるようなお菓子は無いのだが……。
 どうしようか考えている内に、サーファはルイザの手元で変な形で固まっているチョコを摘んで眺める。
「ふむ、丁度糖分が切れていたんだ」
 そして、その変な形のチョコを口にする。
「形は歪だが、味は悪くないようだ」
 まぁ、切って固めただけだし。
「え、えええ! そんなの食べちゃダメだよ!!」
 ルイザは必死に止めたが、残りの数欠片をぺろりと食べてしまう。
「じゃあな」
 そして用事は済んだとばかりに、二人に背を向ける。

「良かったね」
「もうっ」
 少し拗ねたように唇を尖らせるルイザは可愛い。
 みんな最初、男だと思っていたみたいだったが、ルゥにはどこをどう見てもそうは見えない。
「ねぇ、ボクにそれ頂戴?」
 小首を傾げて問い掛ける。
「……ダメ?」
「ダメだよ、お腹壊しちゃうかもしれないよ?」
「平気だよ?」
「ダメだよ、美味しくないから」
 ルゥは視線を遠くに向けて、こう言う。
「あのね、さっき嘘をついたんだ」
「嘘?」
 ルゥには到底似合わない言葉だ。
「うん、嘘」
「嘘って?」
「このチョコはルイザお姉ちゃんの為に作ったんだよ?」
「え、え」
 思いがけない言葉にたじろぐ。
「それはござるちゃんにあげるんじゃないの?」
「ござるちゃんにも小さい分はあげるけど、でもこっちのは別」
 にっこり微笑んで、ルゥは一番大きな包みを差し出す。
「ボクはみんなが大好きだけど、ルイザおねぇちゃんは特別」
「え」
「だからね、これは一緒に食べよう?」
「う……」
「ルイザおねぇちゃん、大好き」
「う、うん」
 僕も、とは言える訳も無く、ルイザは黙って頷く。
「ボクに本命のチョコを頂戴?」
 ルゥの愛らしい笑顔が愛おしくなって、ルイザはもう一度頷いた。
「……お腹壊しても知らないからね」
「平気だよ」
 ルゥが満足そうにそう言った。

「ホントは嬉しかったくせに」
 サーファが自室に戻ると、部屋は開いており、部屋の奥にある大きな窓の桟に少女が一人腰を掛けていた。
「来ていたのか」
「まぁね」
「でも、相変わらず素直じゃないのね」
「何のことだ?」
「べーつにー」
 ラムアは腰掛けていた窓枠から飛び降り、サーファの目の前に綺麗にラッピングされた包みを差し出す。
「義理だけど、あたしのも要るかしら?」
「はん、仕方が無いから貰ってやろう?」
「あら、それはどうも」
 ラムアはその綺麗な包みをぽんと放り投げる。
 それは、サーファの手にすっぽりと収まり、彼はそれを机の上に置いた。
「殿下の手前、無下にする訳にもいかんだろう」
「はいはい、あたしがあなたに断れない状況を与えたからね」
「まぁ、そうだろうな」
「兄妹揃って素直じゃないんだから」
 ため息をついてそう言う。
「君はお節介だな」
「それは褒め言葉として受け止めればいいのかしら?」
「どうだろうな」
「……あたしのチョコは美味しいわよ?」
「ルディのより美味しいチョコは無いさ」
「……シスコン」
「知ってる」

ルゥ@バレンタイン

あとがき

2012/02/14
やったよ、バレンタイン短編間に合った!!

ござるとラグが出しきれなかった……!
ルイザがござるにあげて、ルゥとサーファがちょっとヤキモチやくって展開もありだったけど、ルイザの料理スキルが低すぎて無理だった。

本当はルゥメインだったけど、最近乙女なルイザがいつの間にかメインになってた。
でも全ては、ルゥが可愛ければOKだと思う。
バレンタインは物知りなラグ情報www
ティアは天然たらしだけど、まだラムア一番という習性から抜け出せていない。

で、今回の話は時期的に無理があるので(サーファの記憶が戻っていない点とか)、時間軸は気にしない方向で←

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