19章 兄妹 002
全身に感じていた魔力の圧がふと消える。
と、同時にサーファの声が聞こえた。
「到着だ」
慣れない魔法の感覚に平衡感覚が狂ってよろける。
「……っ」
と同時に、懐かしい匂いが鼻につく。
ティアは顔を上げてそこに広がる光景を見た。
何もかもが久しぶりだった。
「ここがシディア……?」
ルゥの疑問は最もだ。
そこは、鬱蒼とした草木が生い茂り、町と呼ぶには程遠い。崩れ、焼かれた廃墟しかない場所であった。
「ええ……」
そう言ってくれたラムアの声は、か細い。
つい先日まで、視力を失っていたラムアにとって、故郷の惨劇を見るのは、初めてのことなのだ。
「王女様は……何処?」
けれどすぐに動揺を切り捨てて、ティアが訊くよりも先にそう問うた。
「……この町で、ある指輪を探しているだろうね」
「指輪……?」
彼がラムアにそう言うのなら、きっとラムアが知っている指輪のことなのだ。だから、ラムアはずっと昔のことを思い返す。
「あたしの……」
思い出すのは、母の顔。最期の母の姿は、とても思い出せるものでは無かったが、それよりもっと前、ラムアがまだ小さい頃、母がくれた指輪を思い出す。
「……隠し部屋に?」
ラムアの問いには答えない。
ただ、 行けば分かる、とだけ言い捨てる。
「えっと……サーファおにぃちゃん」
「何ですか? ルゥ様」
視線を、呼ばれた方に向けた。
「……!」
ルイザがその場にしゃがみこんでぐったりとしていて、それをルゥが支えている。
「さっさと行けっ。殿下がお待ちだ」
僅かに、取り乱したように吐き捨てる。
そんなつもりはなかったが、どこか気を許していたのだろうか。妹の方に気を配っていなかったことが悔やまれる。
その声に追い立てられるようにして、ティアはその場を後にした。
「……ルディ」
名前を呼んで、可愛い妹の傍にしゃがみ、介抱する。熱はどうだと頬をくっつけ、そして脈を確認する。
それだけで彼が妹を、どれだけ大事にしているのが分かった。
それを見届けてから、ラムアはそっと彼に背を向ける。
ティアが王女様に会う前に一つだけ、確認がしたかった――
「ルゥ様、ルディをベットに運びます。よろしければ、彼女についていて下さいませんか?」
「うん、もちろん! ボクに任せて」
「……ありがとうございます」
彼は頭を下げて、ルイザを抱き上げる。
「それと、私が介抱したことは内緒にお願いします」
「どうして?」
「あとで驚かせたいので、黙っていて下さいますか」
ルゥは、素直に頷く。
「うん、分かった」
サーファとルゥは早足に、並んで歩く。
「お礼に、魔法を一つ教えましょう」
「ホント!?」
「勿論です。教えるのは、私と連絡する魔法です。但し、これも内緒ですよ」
「ボク、秘密を守るのは得意だよ!」
「それは心強い。……では私の言った呪文を復唱してください。伝播(トゥリア)」
「伝播(トゥリア)」
「そうです。その後に私の名前を仰って下さいね」
「うん、わかった。サーファおにぃちゃん」
ルゥが頷くのを見届けてから、サーファは古びた家の扉を開ける。
ぎいっと高い音がした。
「ここは?」
「……どうせ人のいない家です。ご自由にお使い下さい」
その家は、集落があったと思われる場所からは離れた場所に建っていた。
「ルゥ様、火の用意をお願い致します」
そう言い置いてから、サーファは壁際のベットにルイザを寝かせた。
苦しくないようにと、襟のボタンを一つ外してから布団をかけてやる。
その眼差しは、ひどく優しい。
「……あの」
「お手を煩わせて申し訳ございません。今、温かいものを作りますから、ルゥ様はルディについてやって下さい」
「……うん」
埃っぽい室内だったが、ここ数日のうちに使った形跡があった。
暑苦しい上着を脱いでいる背中に問う。
「ねぇ、ここは誰の家(うち)?」
「……」
サーファは答えない。
「……ここは誰の家(うち)?」
もう一度訊ねた。
「……貴方には叶いませんね」
溜め息にも似た声音で、彼は言う。
「私と、馬鹿な妹の生家です」
この家の窓にはガラスが無い。
それは父と母を失った日に割られたままだった。但し、足を怪我しないようにと、破片だけは片付けてある。
「哀しいことを思い出させてごめんなさい……」
知らずの内に、どんな表情をしていたのだろう。
そんな酷い表情(かお)をしていただろうか。
「……いえ、ルゥ様が気に病む必要はございません」
それっきり話すこともなく、サーファは調理台に立った。
あとがき
- 2011年06月29日
- 改訂。
- 2006年04月17日
- 初筆。
兄は妹が大切なのです。
そして優しい人。
何で「ルゥ様」なのかは後で出てくるでしょう・・・多分。