4章 忍びの暗殺者 001

 朝が来る前にそれは起こった。
 すなわち敵陣の御登場である。
 ぞくりと殺気を感じる。
 扉越しのそれは複数だ。
 寸刻待たずして、カチャリと小さな音がして鍵が開けられる。
「誰」
 短く問う。
「貴方の御命頂戴致す」
 答えは的確で、間違いなく彼等が敵であると示す。
「誰の意思かしら」
 傲慢に問いかけてやる。
「我等が主の」
 面覆いを着けているが、口元が笑んだ気がした。
「変わった話し方の親分さんとはお友達かしら?」
 五人の人影が円陣を取るようにじりじりと迫ってくる。
 少し考えるような仕草の後、リーダー格の男が言った。
「オドル・ポンポコ・リン?」
「まぁ、お友達なのね」
 ロナは両の手の平を胸の前で合わせる。
「少々話が過ぎたようだ、王女様。我らの職務を全うしなければならない」
 ロナの正面にいた男が短く、仲間に指示を出す。
「いざ」
 だが、ロナは全く動じなかった。素知らぬ顔で、ただ言葉のみを発する。
「貴方は私に触れられない」
 それは、まるで催眠術をかけるかのように、神秘的な声音であった。
「何っ」
 刺客の一人が声を荒げる。
 ピシリと雷激が走った気がした。
 そして、ロナは近くの剣に手を伸ばす。
「貴方はわたしに触れられない」
 もう一度だけ、そう繰り返す。と、同時に血しぶきが上がる。
 邪魔者を払い除けるように、攻撃を繰り出す。
「貴方は血に染まってはなりません!」
 鋼の打ち合う音の合間にそう怒鳴りつけた。
 ロナは、剣に触れかけた手を引っ込める。
「ティア!」
 よく使い込まれた剣はよく血を啜る。
 目の前に切りかかってきた一人の剣戟(けんげき)をしゃがんで避け、素早く右足を伸ばして別の男の脛(すね)を狙う。
「……うっ……」
 そして先程の男が再び得物を奮うのを跳ね除けるように、己の愛刀を押し上げた。
「目を閉じていて下さい。貴方にはその方がいい」
 顔面に血飛沫がかかる。
 鮮血が、面を紅く彩ってゆく様はある意味美しく、そして残酷であった。ティアは手首を捻り、転ばせた男の首の動脈を掻き斬る。
 ――あと二人。
 部屋は、あっという間に鉄のような血生臭さで満たされてゆく。
 背後から斬りかかってきたのを腰から外した鞘で受けとめ、右手では別の男の腹に剣を突き立てる。
 そして、それを素早く抜き取り、最後の男に向き合う。
 黒い面覆いの下で男は笑む。
「貴方のような手練れ(てだれ)に会えたのは久しいよ」
 そして、一度交わらせた二本の剣を引き離し、互いに間合いを空ける。
「それは光栄と言うべきか?」
「少なくとも拙者にとっては」
 ふっと鼻で笑い、男は再び床を蹴る。
 だがその鋼の剣先は、ギリギリのところでティアには触れない。
 先程と同じ様に激しい剣戟(けんげき)を受け止める。
 自然と力比べのようになる。
 ――どこかに隙が……。
 そう思って、相手の気配を探るが、互いの状況は同じだった。
 ――……隙がない。ならば自分で作るしか……。
 ティアは剣を握る手に込めた力を一層強くする。少しだけ男が押され、男も力を強める。
 だがその瞬間、ティアは一気に力を抜いて、舞うようにして男の前から身体をずらす。
「……何をっ」
 男は力の行き場を失い、少し前のめりによろける。すぐさま体勢を立て直そうとするが、そこに僅かな隙が出来る。
 ティアは剣を握り直して、その刃先を後ろから、男の首筋に当てた。
「勝負はあったな」
「くっ……」
 闇のように黒い瞳が男を見下ろす。
「幾つか質問に答えてもらおう」
 それは冷めきってしまった瞳だった。
「私の負けだ。いいだろう……剣は下ろしてくれると有り難い」
「……」
 ティアは少しの逡巡(しゅんじゅん)の後、男の首筋から剣を離した。
 すると男は、すまない、と言って、己の顔面を覆う覆面を外した。

あとがき

2011年04月27日
改訂。
ござるが一人称「私」になっていた・・・w
2005年07月13日
初筆。

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