14章 喪った過去 004

 ルゥ……ルゥ、ルゥ……起きなよルゥ。
「ん……」
 ごろりと寝返りをうとうとして、腕の皮を摘まれる。
「痛っ」
「早く起きなって言ってるでしょう?」
 ルゥが瞼を開けるまではつねり続けるらしい。
「痛っ……いたたたた」
 耐えきれなくなって目を開けると、ルイザが微笑んでいた。
「夜だけどおはよう」
 辺りは真っ暗で、ルゥは恨みがましくその笑顔を見た。
「……おはようございます」
 どうしてこんな時間に無理矢理起こされねばならないのだろうか。
 納得がいかない。
 だが、ルゥの気持ちとは裏腹に、ルイザは楽しそうに言う。
「アレしよ。アレ」
「アレ……?」
 何のことかさっぱりだ。
「うん。あ……そうだ、僕のことは師匠と呼ぶように」
「し、しょー……?」
 まだ寝惚けてるのか、何を言われているのかがいまいち理解出来ない。
「そう師匠。んで、ルゥが不肖の弟子」
「え……?」
 まだ分からない。
 弟子とか師匠とか、一体何の話なのだろうか。
「ははん、まだ寝惚けてるんだね?」
 ちょんとルゥの鼻を突く。
「これからするのはとある儀式」
「ぎし……き」
「今日からの僕達師弟を認めてもらう為のね」
「してい?」
「うん。僕がルゥに魔法を教えてあげるから、今日から僕がルゥのお師匠様」
 にっと笑う。
「 ……ししょー」
 その呼び名の言い心地を確かめるためか、ルゥはもごもごと口の中で呟く。
 少しだけ頭がはっきりしてきた。
「……師匠。儀式って?」
 弟子の問いに、師匠が答える。
「んーとね、弟子の魔力の暴走に、師匠が責任を負うっていう誓いをするんだよ。魔術的に関係を持つことで、万が一の時にかなりの負荷軽減になるんだけど、まぁ、儀式自体は大したことないね」
「そーなんだ」
「ルゥの場合、魔力は充分みたいだから、きちんと制御しておかないと、……多分食べられてしまう」
 ルイザは立ち上がって、近くに湧き出た水を掬う。
 魔法で出した炎が少し離れたところで揺れていた。
「おいで」
 細く、真っ直ぐな銀髪はそれ自体が光を放つように、闇の中でも目立つ。
「この儀式は水を介して行う」
 ルイザは空を見上げる。
「んー……月が出てればよかったんだけど……仕方ない」
 ルイザはルゥの方に視線を遣る。
「呪文は簡単。初めは僕の後に続けて、最後が揃うように。分かった?」
 ルゥが大きく頷く。
「じゃあ始めよっか」
「はい!」
 両手を水の中に浸(ひた)す。
 湧き出たばかりの水は、とても冷たくて、新鮮な感じがした。
「呪文は二回繰り返す。但し二回目は順序が逆だ。少し難しいかもしれないけど、言い間違えないように気をつけて」
 ルゥが頷く。魔法の影響だろうか。緊張が高まっていく。
「誓(アズマラ)・絆(アザード)・負(ラグジェル)」
 呪文は三つの単語から成る。
「誓(アズマラ)・絆(アザード)・負(ラグジェル)」
 師匠の後を追うように、弟子が詠唱する。
 初めはバラバラだったものが、次第に一つになる。
「負(ラグジェル)・絆(アザード)・誓(アズマラ)」
 ぴたりと一つの音律が終わる。
 その魔力に引き寄せられたのか、月は彼らの前に顔を出した。
 ルイザは両手に水を掬って飲み干す。
「ルゥも」
 言われて、両手に水を掬う。手の中の水には、丸い月が映り込んでいた。
 ルゥはこくこくと喉を鳴らして、それを干す。
 ふっと、緊張の糸が緩む気配がしてルイザは微笑む。
「上出来!」
 ルイザが頭を撫でてくれる。
「儀式は終わり?」
「うん、そうだね。これで終わり」
「……よかった」
 安堵の息をついてルゥはその場に座り込む。
「疲れた?」
「ん……少し」
「儀式自体は簡単だけど、結構精神力使うしね」
「そうなんだ」
 ルゥは納得したような顔をする。
「ルゥ、僕はちょっと水浴びをしてくるから、ここにいて」
「ボクも……」
 一緒に行くっと言いかけて気付く。
「うん、わかった。気を付けて」
 ルイザはおねぇちゃんなのだ。
「すぐそこだよ。寝てていいからね」
「うん」
 ひらひらと手を振って、ルイザは湧き出た泉から流れる川の方に行ってしまう。
「魔法……か」
 弟子にしてもらえたということは、多少は素質があるということか。
「頑張るぞー!」
 ルゥはそのまま後ろに倒れ込む。
 もう月は、雲の中に隠れてしまっていた。

 進路は北。
 歩みを止めることなかれ。

「ティ……ア」
 隣には叔父だけで、他にいて欲しい人は一人としていない。
「ねぇ叔父様。……ティア達はどうしてると思う?」
「さぁ……」
「私達のこと、心配してると思う?」
「心配? そんなの当然でござるよ」
「ティアはルゥのこと守ってくれてるかしら」
 何か不安なのだろうか、ロナはその不安を拭うように質問を重ねる。
「ロナ……」
 ござる何か声を掛けようとしたが、別の方から声がして、それを遮られる。
「ロナ殿下」
 扉の開く音と、男の足音。
「……!」
 彼の口元に笑みが上(のぼ)る。
「驚かれましたか?」
 男は藍の服を着ていた。それもアリアス国軍の正装である。その衣装の袖口は、銀糸で縁取られており、胸には菫の刺繍がされていた。
「申し遅れました。私(わたくし)はサーファ・スティアス。剣と魔法の腕前を買われ、軍の第一特殊部隊を率いております」
 軍の中に特殊部隊は三つ。彼らは隊長の責任の下で、国の為になるなら、否、国に反しないのであるならば何をやってもいい。すなわち特殊部隊の隊長の意思は、国の意思でもあるのだ。
 そして彼らは、その地位に甘んじることなく、軍事、文化、商業開発など様々な面に関して、多大なる成果を挙げていた。
「この国に反することでしょう……、ですか?」
 彼は、彼女をからかう。
「さて、それはどうでしょうか?」
 くすりと息だけで笑う。
「殿下もご存じでおられるかとは思いますが、我々の第一部隊が、他の部隊の分も成果を挙げている。否、第二、第三部隊など無くても同じ、というところでしょうか」
 全てはこの男の成果なのだ。
「何を、考えているの……?」
「この国の為を」
 彼は笑みを崩さない。
「嘘っ」
 血のように紅い瞳がロナを射る。
「嘘だという証拠はどこにもありませんよ?」
「本当……なの?」
 何も、信じられることはない。
「さぁ?」
 よく、響く声だった

 彼らはみんな北に向かっていた――

あとがき

2011年06月14日
改訂。
2005年12月19日
初筆。
ロナ久々に書いたよ。
精神的に疲弊してる気がするけど。

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