34章 闇色の後悔 001
ある日絶望が、彼を襲った。
それは本当に、何の前触れも無く起こり、彼は――その生活の全てを変えてしまった。
一心不乱に書物を読み漁り、その全てを知識として吸収していく。
幸いなことに読書や学ぶこと自体は好きな方ではあったので、それが幸を成し、彼は数年の内にそこらの魔法使いよりも魔法の知識に長けることに成功した。
その後はただひたすらに実践を繰り返した。
とある時は、魔法使いの元に弟子入りし、魔術の基礎を学び、そしてある時は人里離れた山奥に篭って、魔術に必要な材料を探し求めた。
ただひたすらに、目的の成就を願って――
「もう行くのですか?」
その魔法使いは生まれつき目の見えない人だった。
「ええ、お世話になりました」
彼は、必要な実践での経験をその魔法使いの元で学び、今日別れを告げる予定だった。
「もう少し、いてもいいのですよ」
魔法使いはそう微笑みかけ、男は逡巡する。
「……」
「今のあなたでは、目的は達成出来ませんよ」
優しく、その魔法使いが告げる。
「何を言っているのですか?」
「寝食を共にしたのです。あなたの考えていることくらい分かります」
魔法使いは静かに言葉を続けた。
「勿論具体的な、あなたの目的は分かりません。ですが、最初にあなたを拾った時から、あなたは獰猛な獣のような人でした」
男は、顔を上げ、魔法使いを見つめた。
「どういう」
「言葉で言い表すのは本当に難しいですね」
この魔法使いと過ごしたのは、本当に短い期間だった。
弟子入りしたつもりは無く、たまたま同じ魔術の道具を探し、山奥で出会っただけだ。
同じ道具が必要で、この魔法使いはこの辺りの地理に詳しかったので、道具を集める間だけ一緒にいた。
ただそれだけの、浅い関係――
「目が見えないことを悲しんだことはありません。なぜなら、視覚なんていうものは全くあてにならないものだからです」
男は、黙って魔法使いの話を聞いていた。
「あなたの外見がどんな人なのかは、想像することしか出来ませんが、あなたの内面は想像するまでもありません」
魔法使いは少し考える素振りを見せた後、話を続けた。
「色で言うなら、あなたは底なしの黒。闇色のあなたに、目的は達成出来ないでしょう」
「闇色? あなたは目が見えないのでしょう?」
「可笑しいと思うかもしれませんが、わたしの世界は常に闇色なのですよ」
男は息を呑んで呟く。
「……どうして、」
「経験論です」
魔法使いはそれ以上何も言わなかった。
だが男はぎり、と唇を噛み締め、そして言った。
「それでも、やらねばならぬことがあるのです」
「……そうですか」
そう言うと、魔法使いは少しだけ悲しそうな表情をした。
「……」
「では、止めません。あなたが後悔しないように祈っています」
「……」
男は、暫く黙りみ、魔法使いも何も言わなかった。
それから数日後、男はその魔法使いの元を離れた。
今度は、もう引き止められることは無かった――
思えば、あの魔法使いの忠告を聞くべきだったのだ。
闇色の自分には、後悔しか待っていなかったのだから――
あとがき
- 2013年05月23日
- 初筆。
闇色の男の絶望と後悔。