異なる者 62章〜人が人を殺める理由〜
「殿下」
安っちい辻馬車の向かいに座るのは、銀髪紅目の誘拐犯である。
彼の名前はサーファ・スティアス。彼は軍の第一特別部隊の隊長でもある。
「…そうだ、貴方にも言っておくわ。敬語とその尊称は止めてちょうだい」
彼が何かを言う前に、ロナが釘を刺す。
その隣では、彼女の叔父はが口元を緩める。
「…体裁を整えておきたかったのですが、まぁいいでしょう」
彼は曖昧にそう言って、本題へと入る。
「ではロナ。我々がどこに向かっているかおわかりで?」
その問いに、ロナとござるは、馬車の側面に取り付けられた小さな窓を見遣る。
窓から見える木々は段々と細く、すんなりとしてきている。
「針葉樹でござるな」
針のような枝葉を持つ木は寒い地方特有のものである。
「ってことは…方位は北」
頭の中に地図を思い描いて考える。
「ジアス……?」
そう呟くロナの隣で、ござるが小さく息を呑む。だが、ロナは気が付かない。
「三年も前にはゼアノスの土地と呼ばれていた地」
サーファは事実のみを告げる。
ロナには、その真意が分からない。
「黒髪黒目の…シドアの民の地」
黒髪…黒目?
「貴女を私の故郷に御招待したいと存じます」
彼の白い歯が見える。
「故郷…でござるか?」
今まで黙っていたござるが口を挟む。
「そうですよ」
何か問題でも?と彼の紅い視線が、ござるの青い視線に絡む。
「シドアの民は黒髪黒目の民だと自分でも言ったでござろう?」
それに…滅ぼしたのは―――
「あぁ」
彼は目を細める。
「これが偽りの姿ではないと、誰が言いましたか?」
「イツワリ……?」
ロナが年上の二人を見比べる。
「そう…ですね」
彼は素早く黒の手袋を外すと、素手で片目に触れる。
「えっ……?」
手を外すと、そこにあったのは漆黒のそれ。
「なに…」
ロナと同じく、彼の瞳は黒と紅の色違い。
「驚きましたか?」
彼は微かに笑んで、斑の髪を掻き上げる。
そして同じ様にして、もう片方の目に触れた。
「黒目…でござるか」
ござるは苦々しげにそう呟く。
「どうして…?」
彼はくすくす笑って掌に乗せたものを差し出す。
「小さなガラス板を填めているのですよ」
それは小指の爪くらいの大きさの、紅いガラス片だった。
「それは…痛くは無いの…?」
「初めの内は多少。ですがもう慣れました」
彼は事も無げに言ってのける。
「どうしてそんなことを…」
「己への戒め、とでも言っておきましょうか」
ふと、間が訪れる。
「……では、髪も……」
こざるの問いはもう明らかだった。
彼の髪は黒と灰の斑だ。
「脱色は苦手でね」
はははっと彼は笑う。
ロナもござるも、何も言えない。
――どうして自分と同族の民を滅ぼした?
その問いは、ござるの中にしこりのように残る。
「地位と権力、そして金が必要だった。これでサフィリア様の疑問には答えられるはずですが?」
唐突にそう答える。
何もかもを見透かされているような、そんな気がした。
「貴方は…野心家には見えないでござるよ」
ただ思ったからそう言った。
「人は見掛けによらないものですよ」
彼は曖昧にそう答えた。
「そういえば、貴方の騎士殿もシドアの血を引いているようですね」
それは言ってはならなかった。
ござるの制止の声は間に合わない。
「ティア…も?」
ロナはまだ気付いていなかったのに。
あの日泣いていたティアはとても痛々しかった。
「ティアはジアス出身なの…?」
何か、ジアスについて習った気がする…。でも、よくは思い出せなかった。
「そうですよ?彼の姓は何です?」
「…セオラスだったはずよ」
止めろと言いたかった。でも、ロナの方が早かった。
彼は滅んだ民の生き残り。
そして滅ぼしたのは―――
「セオラス?…ならば彼は」
そこでガタリと馬車が揺れる。
そこから転倒までは、あっという間だった。
ござるは大事な姪っ子を抱きかばい、そしてサーファが二人に覆い被さる。
強い衝撃が背を打つ。
「……っ!」
サーファはボロ馬車の扉を跳ね開け、状況を確認する。
「へぇ…いい度胸だね」
彼は嘲笑う。
「僕と殺り合って生きて帰れるとは思ってはいないだろう?」
馬車を取り囲んでいたのは十数人の人だかりであった。
「威勢がいいお兄さんやな」
言ったのは、赤の覆面をした男。その間からは金の髪が溢れ出ていた。
「で、用件は金か?」
一応訊いてやる。
「そんなものはどうでもええ」
サーファは倒れた馬車の上に立ち上がり、そして全体を見渡した。
「サー…むぐ……ァス」
「しっ、黙ってるでござるよ」
二人が暴れるせいで馬車がガタゴト揺れるのは止めて欲しい。
覆面の男は、一瞬ひょっこり頭を出したロナの方に注目していた。
「ふん。ならば…異端の王女の命か?」
サーファは問う。
「命やなんてそんな物騒なもんいらん。わてらの目的はロナ王女の捕獲や」
赤い覆面の下には豊かな金の髪。
「その訛り…! もしや…ジェファー兄者?!」
ロナを必死に止めようとしていたござるが驚いたように叫んだ。
「え…叔父様?」
「おや?死んだのではなかったんかいな」
ジェファーというのは前王の第五子で、丁度ござるの一つ上の兄にあたる。
御歳三十の彼はまだ若い方である。
「まだ死んでないでござる」
「しつこい弟やな」
そう言い捨てて、剣を抜く。
細身の鋼が、陽光の下で輝く。
「出来損ないはわいが始末したろ!」
「動縛」
彼が飛びかかると同時に、唱える。
「あんた……!」
ジェファーと、周りを取り囲んでいた者達は胸を押さえて苦しそうにる。
「僕に逆らわない方がいいですよ?」
淡々とそう言った。
逆らう者は切り捨てる。
ずっとそうしてきた。
「ジェファー叔父様!」
優しくしてもらった覚えもないけれど。
「ロナ…!」
しっかりと押さえ付けていたはずだったが、ロナはその腕を振りほどいてジェファーを助け起こす。
「止めてサーファ!」
苦しんでいるのを見ていられない。
「ロナ、無理な注文をしないでください」
彼の表情は変わらない。
「何で…助け…」
「もうこの人達は何も出来ない。こんなにも苦しんでる」
頬に一本の筋のように涙が伝う。
「だから、お願い…止めて」
どうして泣くのか。
それは自分でも分からない。
神経がブレる。
当然、戦いに手だれた者は、その隙を逃さない。
「姪やけど…意外と、可愛いやん……」
でもお別れや。
覆面の下の表情は知らないし、分からない。ただ、サーファの舌打ちが聴こえた気がした。
「あんたがおると…色々厄介なんや」
取り落としたはずの、鋼が煌めく。
「……っ!」
流れるのは紅。
「いや……っ」
悲痛な叫びが辺りに響く。
こんな筈ではなかった…。こんな筈では―――
「王女は死にたいのですか!?」
サーファが叱咤する。
「あんた……っ」
「僕を…怒らせては…けなかった……」
その身を紅く染めて、彼は銀の刀身を白日の下に晒す。
その剣に、何人の人間が犠牲になったのだろうか。こびりついた血糊は赤黒く変色し、その刀身を彩っていた。
「宿・添・雷」
その愛刀に、紅く染まった左手を添えて、彼は甘い睦言のように囁く。
青白い光が、彼の剣を包んだ。
刹那、首が一つ地面を転がる。
「やめ……て」
悲痛な叫びは、上手く声にはならない。
頭を失った五番目の叔父の身体は力を失って、人形のようにガクリと崩れ落ちる。
「退け」
短く言い捨てる。
「解術」
そこに感情はない。
周りを取り囲んでいた者達は苦しみから解放され、一目散に退散する。
こちらが不利なのは目に見えていた。
「早く手当てをするでござる!」
ござるは七つ道具をしまっている袋から救急セットを取り出して、手当てを始める。
斬られたのは左肩から腕にかけて。そこがざっくり快られ、紅に染まっている。幸い利き腕でなかったのが不幸中の幸いだったか。
「大事に至らないでよかったでござるよ」
一通りの応急処置を負え、ござるは安堵する。
「…ぅ…して……ど……してなの…」
人はどうして人を殺めるのか。
フリルのついたドレスには、ぼとぼとと染みが広がる。
「本能…って奴もあるんだろう。少なくとも僕は……」
ぽつりと呟いてから、雲一つない空を仰いだ。
蘇るのはあどけない微笑み。
―――…お兄ちゃん。
どこへ行くのも付いてきて、僕を困らせたあの笑顔。
「失いたくないものを守るとき…」
そう、ござるが後を引き継いで言った。
「…それと、失いたくないものを全てなくしてしまったとき……」
そんなことをしてもどうにもならないのに―――
「人は愚かな生き物でござるよ…」
その言葉は、ロナのすすり泣く声と共に、静けさを取り戻した街道に響き渡った。
2006.1.30
*あとがき*
ちょっと長めで。
ござるの本名はサフィリアさん(驚
サーファは魔法剣まで使えるんだって。
【異なる者】
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