28章 綻びと架け橋 001

「ラムア様、ラムア様……っ」
 どれほど呼び掛けても、身体を揺らしてもラムアは起きなかった。固く目を閉ざしたまま、浅い息を繰り返していた。
 ラムアの身に、一体何が起こったのだろう。
「ラグ……説明してくれ。ラムア様の身に、何が起きたんだ?」
 ついさっき――ほんの数分前まで、ラムアは何の体調不良も訴えてはいなかったはずだ。
 なのに、急に、こんな。
 離れた場所にいた為、内容までに把握していなかったが、確かにラグと話した直後に、ラムアは倒れた。
 それだけは確かに言える。
「貴様が何かをしたというのならば、俺は許さない」
 剣に手をかけて、鋭く告げる。
 冷静さを欠かないようにと、心の中で自分に言い聞かせる。
「違うのならば説明をしろ! 貴様なら出来るだろう!」
「……そうですね、貴方に誤解されるのは本意ではありませんので、弁解させて頂きますが、現状言えるのは、彼女が倒れたのは、私の仕業ではないということだけですね」
 顔色一つも変えないで、ラグはそこに立っている。
「では」
「ここから先は憶測でしかありませんが、……おそらく、ガタがきているのでしょう」
「ガタ……?」
 ラグは片手を前に出して、握ったり開いたりしてみせる。
「この身体はそうでもないですが、彼女の身体は元々弱かったのかもしれません」
 ラグが何を言っているのか、全く理解出来ない。
「何を言っている……」
 だがラグは気にした風も無く問う。
「彼女は、王女殿下とは会われましたか?」
 どうして、そこで、異端の王女が出てくるのか。
 意図が全く読めなかったが、先日王女と再会した時のことを思い返す。
「……少し」
 挨拶をしてすぐに別れたが、それがどうしたというのだろうか?
「その時の印象は?」
 他の者が見ていれば、最悪、と答えただろう。
 だが 、その場に居合わせたのは、運悪く……ティアだった。
「印象? ……特には何も。敬語同士で話していたことには違和感があったが」
 初対面だから仕方ないのだろうと思う。
 そういえば、二人は外見だけでなく、口調もよく似ていた。
 ほんの少し違うとすれば、ラムアの方が少し勢いがあって、ロナの方が少しだけ間伸びした印象だということだ。
「何か……少しでも、ぎこちなかったり、違和感のようなものを感じませんでしたか?」
 何かを探るように問いかける。
 だが、質問を重ねる相手が悪かった。
「…………さぁ」
 ティアは人の感情には鈍いのだ。
 これ以上訊いても無駄だと判断したのだろう、ラグはラムアの隣にしゃがんで、汗の浮いた額に触れる。
「記憶を探ることはあまりしたくないのですが、……彼女のならば平気でしょう」
 記憶を探る……だと?
「手荒な真似を」
「私は、彼女が気に入りました」
 唐突に、ラグは告白する。そして、鞄から紙とインクとペンを出して何かを描いていく。
 その紋様は、転移の術の時とは違って、細かい文字のように見える。
「だから、悪いようには致しません。……血の繋がり以上に強い繋がりを、貴方も知っていらっしゃるでしょう?」
 一瞬、言葉に詰まった。
「……つい数日前に会ったばかりで、どんな絆が出来るというんだ」
 確かに、ラムアとティアとの間にはそういうものはあるだろう。
 だが、ラムアとラグにはどうだろう。
 その間も、ラグの手は、止まることを知らないように動かし続けていた。
「そこで、先程私が彼女と話したことに戻るわけです」
 だが、ティアはその会話を聞いていない。だから説明をする。
 ラグは紋様を書き終えたのか、ペンを置くと左手その紋様の中心に左手を置き、もう一方の手を、ラムアの額に翳す。
 そして、深呼吸して精神統一を図る。
「簡潔に言えば、私は彼女と同じ存在なのです」
 全然簡潔なんかではない。
「どういう」
 詳細を問いただそうとしたが、言葉は途中で遮られる。
「だから……っと、やはり出会いが悪いですね。もっと上手く立ち回らねばなりませんよ、ティア・セオラス」
「……?」
「貴方は……おそらく架け橋になるべくして、ここにいるのですから」
「架け橋……?」
 益々意味が分からない。
 ティアを横目で見つつ、ラグは溜め息をついて、こう言う。とはいえ、目隠しはしたままだったが。
「ホントに、理解力の悪いというか、感情の機微に疎い方ですね」
 そうしてにっこり微笑む姿は、まるで悪魔のようだ。
「貴様……っ」
 いくらティアが鈍ちんだとはいえ、馬鹿にされたことぐらい分かる。
 やはりこのような得体の知れない者は、信用すべきでなかったのだ。
「私に手出しは出来ませんよ。彼女を救いたいのならば、もっと人の心を感じ取るべきです。ほら、手を握って差し上げて下さい。彼女が、何よりそれを望んでいることぐらい、貴方でもご存知でしょう?」
 ラグは落ち着き払っていたが、その言葉の隅々には棘があり、とても嫌味ったらしいったらありゃしない。
 こんな奴は嫌いだと、心底そう思ったが、邪険にすることは出来ない。
 認めたくは無いが、彼の言ってることは、全く正しいのだ。
 ラムアはそれを生きる糧にしてしまう程に、ティアのことが好きで好きで堪らないのだから――
「俺は、貴様が嫌いだ。だが、ラムア様を助ける為には手段は選ばない」
「私も、貴方のような甘えたは嫌いです。ですが、二人で仲違いしていても、何も始まりません。少し、協力しましょう」
 ティアは渋々ではあったが、こくりと頷いて、ラムアの手を取る。
 ラムアは気を失ったように、昏睡している為、あまり苦しそうではなくて、少し安心する。
 少し冷たいラムアの手を握って、もう暫く耐えて下さいと、強く願う。

あとがき

2011年07月26日
改訂。
ラグとティアは仲良しでは無いようです。
2006年08月26日
初筆。

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