15章 優しい唄 003

「北北北……」
 近くにあった花を手折り、くるくると指で弄(もてあそ)ぶ。
「ねぇ、ルゥ?」
 頭だけを後ろに向けて問う。
「本当に……こっち?」
 ルイザの前には、いかにも、といった感じの薄暗い道があり、いつ何時(なんどき)化け物が飛び出して来てもおかしくはなさそうな道がある。
「……うっ……うん」
 ルゥは前方に視線を遣る。確かに思わず、躊躇(ためら)ってしまう道だ。
「嫌だよ、僕はこんなところなんて通りたくないね」
「でも、ここ通らないと……」
 強く握った剣が言うのだから。
「ルゥ、ごめん。僕オバケとかダメなんだ。」
「……」
 ちらりと怪しい道に視線を向ける。
「どうせなら、ティア達のとこ行こう……ね?」
「え……?」
 何を今更。これだけ経っても出くわさなかったのだ。そんなの見付かる筈が無い。
 不審げな瞳を向けると、彼はふっふっふっと、目の前の道よりも不気味に笑い始めた。
「僕を誰だと思ってるの?」
「え……」
「そりゃあ……兄さんみたいには、凄くはないけれど、僕だってそれなりには……ね。ほら、手貸して」
 ここ数日魔法は使っていない。
 食糧を求めて、罠を仕掛けて兎や魚をとってはいたが、そんなの全部生活の知恵だった。
 ルゥが差し出された手に重ねると、彼はこう宣言する。
「世界で二番の魔法使い様だ」
 屈託なく、彼は笑う。
「しっかりつかまってるんだよ。行くよ、転移(シャヤ)!」
 頭に浮かべるのは、黒髪の青年。
 魔力が魔法へと変わる。
 人間二人を運ぶ魔法なんて、身体に負担がかかることこの上ない。だが、彼らは師弟の誓いをしているし、何より暫く魔法を絶っている術者の体調は万全だった。

 うっすらと、瞼が動いた。
 そして間もなく、それは開かれる。
「……ティアっ」
 ずっと、付きっきりで看病していたのだろう、ラムアが彼の顔を覗き込む。
「……ァ……様」
 酷く掠れた声だった。
「ほら、これ飲んで」
 唇に、水筒の口を押し付けて、取り合えず口に水を含ませる。
「……けほっ」
 少しだけ、むせてから、彼は身体を起こした。勿論ラムアの支えを借りて。
「もう身体は平気……?」
「俺……」
 まだ頭がぼんやりとしていて、状況が把握しきれていなかった。
「うなされてた……ずっと」
 ラムアの白い指が前髪を撫でる。
「うなされて……?」
「……魔法を使ってもらったの。貴方が元気になるようにって……」
 ラムアはティアを支える腕に力を込める。
 二人は気づかなかったが、少し離れたところで、魔法の気配がする。
「魔法……?」
 ラムアはそんなものを使えないはずだった。
「誰が……?」
 少しは体調が良くなったのか、彼は訊ねる。
「それは……」
 ちらりとラムアが視線を外す。
「僕に決まってるじゃないか、ティア?」
 その瞬間、ざくりと枯れ葉を踏んで、懐かしい顔が現れる。
「ルイザ……!」
「やっと再会できたと思ったら、ティアが寝込んでて心配したんだから。ね、ルゥ?」
「う、うん! ボクも心配したよ!」
 いきなり話を振られてびっくりしたルゥだったが、慌てて頷く。ラムアも頷く。
「そ、そうなの」
 一瞬違和感を感じたが、おそらくただの思い込みだろう。
「本当は、突然の再会で、ティアを驚かそうと思ってたんだけどね。こんな状態じゃね。ラムアちゃんがずっとついててくれたんだよ?」
「あ、あたしは平気よ」
だって、ずっと傍にいることくらいしか出来ないのだもの。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 そう言って頭を下げたが、ルゥに注意される。
「違うよ。こんな時はありがとう、でしょう?」
 そういえば、前にも誰かに言われた気がする。
「……ありがとうございました」
 彼はそう言ってもう一度頭を下げた。

あとがき

2011年06月17日
改訂。
2006年12月26日
初筆。

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