紅茶の時間

 ガキンッ。
 鋼の打ち合う音は激しく、暫く止みそうにない。
「……っ」
 剣を握った手が痺れて、上手く剣を操れない。
「もう終わりかい?」
 嘲るような声が耳に障る。
 汗で髪が額に張り付くのが不快だった。
「うるさい…っ」
 剣が眉間に向かって降り下ろされる。
 寸前のところで後ろに飛び退き、間合いを計る。
 額の皮が薄く切れて朱が滲む。
「……っ」
 彼は強い。
 ティア自身、それなりに腕には覚えがあった。
 だがそれでも、彼の無駄のない動きについていくので精一杯だった。
「降参した方が君の身の為だよ?」
 その余裕の笑みが酌に障る。
「何も彼女自身をとって食おうっていうわけでもないんだから。そうだろう、ラムア?」
 いつもは姫とかキザったらしく呼ぶ癖に、とか思ったのはティアだけではない。
「ええ、そうよティア。もうその辺にしておきなさい」
 私情のためにティアが剣を奮うのが珍しくて、戸惑いながらも…実はかなり嬉しかったのだが、ラムアはそう言った。
「ラムア様は黙っていて下さいっ」
 何時になく鋭い口調で言い捨てる。
 やれやれといった表情でラムアは手元に視線を落とした。

 そう、事の発端はコレなのだ。
 手に持った真っ白な皿の上には、細かく刻んだ山葡萄の入ったパンケーキが乗っていた。
 今はもう冷めてしまったのだが。

「さっきね、ケーキを焼いたの」
 それはまだ温かいらしく、湯気と共に、濃厚なバターの香りが鼻孔をくすぐる。
「本当はね、王女様と作っるはずたんだけど、ルゥに呼ばれて、用事が出来たらしいのよ。だからこれは私のお手製」
 読んでいた本にしおりを挟んで閉じる。
「へぇ、とてもいい香りだ」
 サーファは本を置いてラムアの側に来る。
 一方、ティアはちらりと主に視線を向けただけである。
「きっと美味しいわよ」
 ラムアが得意気にそう言うと、少し考えるようにしてこう言った。
「ふむ。では、このケーキは美しき姫が作ったのだから、それにふさわしく、そう……貴女の名前を載ただかせるべきでしょう」
 ラムア、と。
 吐息に乗せてそっと呟く。
 まぁ、と口許に手を当ててラムアが微笑む。
 一瞬殺気と共に睨まれたような気がしたが、それはおそらく気のせいではないだろう。しかし、サーファーは気にせず続けた。
「では、かぐわしき香りの『ラムア』をいただこうか? なぁ、ティア・セオラス?」
 視線を向けた先に、鋼のきっさきがあったのは予測済みだ。
 口の端を上げ、素早く引き抜いた己のそれで弾き返す。
 その間僅か。
「ちょっ…ティア!? サーファ!?」
 突然のことにただ、ただびっくりして、ラムアは声を上げた。

「君が僕に勝てるなんて思わない方がいい」
 余裕の笑みでそう言って、静かにこう唱える。
導熱ドゥナ
「……っ!」
 刃に生まれるのは熱さ。
 鋼の背に添えた左手を思わず離して後ろに飛び退く。
「…卑怯だな」
 ティアは魔法を使えない。それどころかかなりの抵抗があるのだ。それこそ体温を奪われ、倒れてしまう程に、それは酷い。
 それを彼は知っている。知っていて魔法を使ってくるのだ。
「手加減したって君は怒るんだろう?」
 全く、その通りではある。
 ティアは彼によって完全にもてあそばれているのだった。

「……ティアっ!」
もう一度斬りかかろうとして、後ろから羽交い絞めにされる。
「!」
 思わず前につんのめりかけて、空いた左手で身体を支える。
 視界に入ったのは振り乱された金の髪。
 そしてこの声と、猪突猛進の行動は……。
「ええっと……ロナ様?」
 半ば呆れたような、でもどこか安心したような、そんな声が出た。
「危ないからこんな物騒なもの振り回しちゃ駄目って言ったでしょ!」
 初耳だ。
「しかも一人で」
 ……は?
 思わず、我が耳を疑ってしまう。
 今のは聞き間違いだろうと思ってサーファ・スティアスの方を向いたが、彼はラムアの隣に座って茶をすすっていた。
 いくら暇だからって一人で暴れるのは寂しいだけよと、ラムア。
 …………はい?
 いきなりの事に、状況が掴めないでいたら、とどめのようにサーファ・スティアスが一言。
「腕慣らしがしたいのなら僕に言えばいい。いつでも相手になろう?」
 とか何とか。
 余裕の笑みがわざとらしい。
「……ふざけるなっ!」
 思わず怒鳴ってしまって後悔する。
 だって、背中にくっついたままの王女がびくりと怯えてしまった。
 だからラムアが助け舟を出す。
「ほら、みんなで食べましょ。もう冷めちゃったわよ?」
 手に持ったケーキの皿を差し出してそう言う。
「殿下も」
 サーファの紅い瞳が優しく向けられる。
 ロナはティアの背中から顔を離して、そっと見上げた。
 ティアは驚いたような表情だったが、どうやら怒ってるわけではなさそうだった。
 それに安心して、そしてそっと離れる。
 ドキドキが顔に出ていないといいのだけれど、とか思っていたのは内緒だ。
「さっきはごめんなさい。でも、ラムアさんの手料理が食べれるなんて嬉しいです。えっと、お母様から教わったんですよね?」
「ええ。でも幼かったし、久しぶりだから味の保障は出来ないんだけどね」
 少女達はお喋りに花を咲かせている。
 サーファは何もなかったかのように、本を読み始めていた。
「………」
 相手もいないのにやいばを剥き出しにしたまま立ち尽くしているのもおかしいので、ティアはラムアの近くの椅子に座って、山葡萄のケーキ……『ラムア』を口にした。
 むすっとしたようにも見えた表情だったが、照れたのか頬に朱が差していたのはただの気のせいではないだろう。
 ティア本人以外の三人が皆気付いていたのだから―――

 だって知らなかったんだ。
 怒鳴るのが、こんなに気持ちの良いものだなんて。
 今まで本当に知らなかった―――

あとがき

2011年03月27日
改訂
2006年04月15日
黒木ゆらさんがキリ番28000番を踏んでくださったので、リクエストいただきました。
内容は「サーファVSティア」でした。
本編に合わせると、場面セッテイングとか出来無さそう(誰かが用事で欠けてたりとか諸々)なので、多分こんなシーンはないのだけど、こんな風にティアがいじめられてたらいいなとか思いまして…(ダメ作者
本編では出来ないことだったと思うので、書いててものすごく楽しかったです。
でも描くのが遅くてごめんなさい。
そしてリクエストありがとうございました。
ロナが何だか甘えたちゃんのおいしいとこどりになったり、サーファが鬼畜(っていうのかな?)ぽかったり、何故かラムアが手を組んでたり、ティアが流されまくったりで、いい意味で調子崩れました。うん。

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