16章 二つのキセキ 002
まだ体調が優れないのか、すっかりと深い眠りに落ちてしまったティアの隣を抜け出し、ラムアは女同士の密会を試みる。
「話……合わせてくれてありがと」
ルイザは月を見ていた。後ろになるので、ラムアからは彼女の表情は見えない。
「何のこと……?」
「ティアに魔法を使ったこと」
ルイザの銀髪に、月明かりが絡んで輝く。
「……確認だけど、君は使えないよね?」
ラムアは頷く。きっとルイザには見えていないけれど。
ルイザは月に向かって手を伸ばす。
「サーファ・スティアス?」
唐突に出された名前。
「え……?」
少しの間理解できなくて、訊き返す。
「何て……」
動揺が走る。
月は掴めない。
ルイザは振り返って、ラムアに近付く。
「知ってるんだよ」
そして、手を伸ばして、ラムアを抱(いだ )く。
「服、変わったよね?」
耳元に唇を寄せて囁く。
ラムアの頬に朱が差す。
彼女が女性だということを忘れてしまいそうになる。
ティアは、彼女を男だと間違えたと言っていたが、ラムアはそう思わない。彼女には神秘的な美しさがある。自分には無い大人の魅力があるのだ。
「隻眼のお姫様。君が知ってることを全て話して」
僕がいない間に何があったかを――
まるで何かの暗示のようにそう告げて、ラムアの頬に軽くキス落とした。
月は、ただ見守る。
同じ月の同じ頃、少しだけ離れた別の場所でもぞりと寝返りをうつ。
まだ幼い少年は魔剣と呼ばれる剣を抱き締めて眠っていた。
それは今、静かだったが、それも一緒に睡眠をとっているのだろうか。
「ロナ……おね……ちゃ……」
涙と共に零れ落ちた言葉を聴いてくれる者はいない。
「……おか……さん」
少年は、拠り所を強く求めていた。
母親の顔なんて覚えていないのだけれど、どうしてだか、心の底で母の姿を浮かべる。
それは、ロナの護衛である黒髪の青年を見たからであろうか――
彼もまた、その隣で眠っていた。
彼には睡眠が必要だった。彼と、この森との相性は最悪最低だったから。
ラムアは、罪の赦しを乞う人間のように、全てを吐き出した。
昔起きた事件とそこで命広いしたこと、今日の出来事、そしてそれからの数年間、暫く前まで一緒にいたことを――
「サーファはあたしによくしてくれる。……どうしてかは分からないけど」
「それは」
知っている。
兄の優しさを。
「君が可愛いからだよ」
ルイザは儚く微笑んだ。
「……?」
ラムアはその真意を探るように、ルイザを見つめる。
その掴みどころの無い話し方とは、どこか、彼と被る。そういえば彼も銀髪だ。
「……まさかっ、貴女(あなた)が……妹……?」
彼女は何も答えない――答えられない。
「昔話をしよう」
彼女が言う。
返事をする前に、それは始まった。
「あるところに、仲は良いが、貧しい家族が住んでいました」
その家族は、両親と、二人の兄妹でした。
彼らは少し遠い昔、ある騎士の一族だったんだけど、いつしかそれは遠縁となっていた――
ルイザの表情は掴めない。ただ、声音から楽しそうではないことだけ分かる。
「ある時、その両親が盗賊に殺されたんだ」
それなりに武術の心得があった父親は盗賊に立ち向かい、母親が裏口から兄妹を逃がした。
だけど逃げたところで、二人には親族はおらず、兄ですらようやく十を越えたところで、全く食い渕なんてなかった。
それでも、兄は妹を養うために必死で働いた。けれど、田舎の村には働き口も少ない。当然、稼ぎも少なく、その日二人が食っていくので精一杯――否、育ち盛りの子供には足りない日もあっただろう。
でもね、幸いなことに彼らは魔法を使えた。兄の方は幼い頃から父について、剣の練習もしていたんだ。だから両者共に、それなりの力を持っていた。
そしてある時兄は思い至ったんだ。
軍に入ればいい、ってね。
軍なら衣食住は保証されるし、給金も多い。そうすれば生活も余裕が出てくるからね。
しかし、その時既に三年もの時が流れていた。
「兄は都に行ったんだ。妹が寝ている隙に家を出た。顔見知りの商人に、妹が住み込みで働く代わりに、面倒をみてもらえるように計らってからね」
銀の髪が目元にかかる。
その表情は読めない。
例え読めたとしても、それが本当か、嘘かだなんて誰が知っているだろう。
「朝起きて、たった一人っきりの家族が、何も言わずにいなくなっていたんだよ」
それがどれほどの絶望だったか――
彼女はすぐにその雇い主を問い詰めた。その商人は大分渋っていたんだけど、事の顛末をどうにか訊き出した妹は兄を追った。
その頃、兄の方はその魔力の高さと、文武共に秀でた才能の将来性を買われ、軍に入っていた。
「足手まといにはなりたくなかった」
きりっと拳を握り締めたルイザは、心なしか震えているように見えた。
「それでも彼女は兄に、一度だけ会った」
でも、兄は妹を一瞥(いちべつ)しただけだった。
優しい言葉も何も彼は持ってはいなかったんだ。
そんな兄を見て、妹は何も言えなかった。
兄が去った後も、ずっとその場に立ち尽くしていた。
夜になって、ぽとりと地面に水滴が落ちたんだ。
その日は一晩中雨だった。
「おかしな話だよね。そんな態度をとられても、妹は兄を諦められなかった」
だから今でも、兄を追っているんだ。
「残虐で非道って言われてるけどね……。時折聞こえてくる噂の中のあの人は優しいんだよ――」
ルイザは黙り込んでしまう。
「あれ……雨だね……」
そして、ふいに顔を上げたルイザはそっと呟く。
その背中が妙に痛々しい。
「ホント……」
どんなに空を見上げても、雨なんて降っていないのに、ラムアは言う。
「帰らないとね」
ぼとぼとと、ルイザの足元に染みが広がる。
「……」
ラムアはそっと前に進み出て、背中から彼女を抱き締める。ルイザの方が背が高くて、顔をルイザの背中に押し付ける形になる。
頬で体温を感じる。彼女が小さな汚咽(おえつ)を必死で堪えているのが、背中越しに分かった。
「貴方のお兄さんが、貴方に宜しくって」
ラムアは、彼と別れた日のことを思い出していた。
「その時の彼は、綺麗な思い出に、何重にも鍵をかけて大切に守っているように見えたわ――」
貴女のことを話したのは一度きりだったけど、彼はとても貴女を大切にしていると思う。
だから泣いていいの、と、まるで母親のような優しさで、彼女を労(いたわ)る。
それは、彼女が長い間失っていた温かな腕だった――
あとがき
- 2011年06月19日
- 改訂。
- 2006年1月13日
- 初筆。
ルイザは男でも女でもかっこよく、がコンセプトです!
でも、強くて脆い子。
で、ルゥはひたすら可愛く(ぇ