4章 忍びの暗殺者 003

「俺は……ァ様のことが好きです」
 その小さな泉のところで告白して上手くいくと、その恋は本当の愛になると言う。
「他の誰よりも」
 少し先が見えなくなるような朝靄(あさもや)の中で、目の前の少女は眠そうな目を擦(こす)った。
 その白い世界では、桜色のふっくらとした唇が妙に際立って見える。
「本当に……本当?」
 少女は、幼い声音で訊ねた。
「はい」
 少年は頷き、その真っ黒な髪が微かに風に揺れる。
「……俺が嘘つけないことくらい、知っているでしょう」
 少年の言ったことが本当なら、少女の企みは成功したということだ。
 即ち、ティアに焼きもちを焼かせるという作戦である。
「そうね。貴方は嘘をついたらすぐ顔に出るものね」
 少女――ラムアは笑って言う。
 そして腕を伸ばして少年――ティアを引き寄せ、そして互いに息がかかる位置まで顔を近付けた。
「ティア、あたしも。あたしも貴方が大好き」
 少女はそう言って、桜色の唇で少年のそれに触れる。
「ずーっと一緒よティア」
 少女の嬉しそうな顔が忘れられない。
 森と同じ色の瞳は宝石のようでとても綺麗で、神秘的に見えた。
 泉で誓った恋は永遠の愛に――それがその土地でずっと語り継がれている言い伝えであった。

   

「少しばかりしくじったみたいだわ」
 腰に右手を当て、もう一方の手を額にあてロナは唸る。
「今が夜で、こんなにも暗いことをすっかり忘れていたわ」
「暗殺者が動くのは大抵が夜でござるよ」
 今が夜であることくらいすぐに分かるのに、と思ったが口にはしない。
「ここでは夜営をしない方が賢明です」
 まだ騒動のあったゼリェス家からはほとんど離れていない。のんびりしていると、追手が来るかもしれない。
「そうねぇ……」
 ロナは、辺りを見回し、そして決心する。
「二人共、気力と体力は十分残っているかしら?」
「拙者は本来夜に活動する身。まだまだ平気でござる」
「俺も平気……です」
「なら、もう少し歩きましょう」
「そうでござるな」
「行き先は」
「ええっと、この森……林を抜けるみたい」
 どこから出したのだろうか、ロナは地図と灯りとを出して空を仰ぐ。北を示す星と地図とを見比べて方位を確かめていた。
「目指すはダグリアードよ」
 ロナは地図の赤印をつけたところを指差す。
「石工の町でござるな」
「ええ。結構近いんだけどね。おそらく……徒歩で五日くらいかしら」
「その隣は何処ですか?」
「隣? ダグリアードの隣は……トゥファね。でもどうして?」
「少し進路は逸れますが、近くの村からトゥファ行きの馬車が出ています」
「そうなの? よく知ってるわね。その村へはどれくらいで着くの?」
「ここからだと、夜明けまでには。その村から馬車だとトゥファへは二日程で辿り着けます」
 まるで何度もそのルートを使ったかのような口ぶりである。
「ティアはこの辺り出身?」
 ロナの問いはティアの表情から色を失わせる。
「……違います」
 短く答えて、顔を背ける。
 あの時この近くにいたからティアは――
「ごめんなさい。余計なことだったわね。……ティア、その村まで案内して」
 細かいことは分からなかったけど、ロナはとても悪いことをした気になる。
「御意」
 短く応えて、ティア北東へと歩みを進める。
 一方、ござるは傍観者の気分で彼らを見ていた。
 ティア……でござるか。
 あの黒髪と黒目はある地方の特徴。数年前に大きな事件の起こった、とある領地の――

あとがき

2011年05月01日
改訂。
キリが悪いので少し短め。
2005年07月14日
初筆。
ついにござるを『ござる』と呼んでしまった。

『吾輩はござるでござる。名前はまだない。』……猫風に。

ティアの過去には、――が――されて、その時ティアは――にいたから――を――出来なかった。
ネタバレにはなってないよね。

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