6章 出会いと別れ 002

「で、どうしてあんたがここにいる?」
 ティアは敵意にも似た視線でその人物を睨みつける。
 ここはダグリアード。石工の町として知られている町だ。
 その人物がいることに、初めは何も言いはしなかったが、この町に着いてからもしぶとくまとわり付いている事実に不審感を露(あらわ)にする。それに、主と出掛けたはずの奴が、今この場にいること自体に、少し苛立つ。
「ロナ様はどうした?」
「まぁ細かいことは気にしない方が宜しくてよティアくん。皺が増えるよ?」
 ティアは自己紹介した覚えなどない。主に勝手に紹介され、それ以来、奴はちゃん付けで呼んでくる。
 肩にかかる髪は銀の絹糸のようで、瞳はティアと同じ漆黒。
「ルイザー」
 ぱたぱたと姫が走ってくる。
「ロナ様」
 ロナが小さな石に躓く。素早くティアが手を伸ばしてロナの身体を支えた。
「わ、ありがとうティア」
「いえ、お怪我は……」
「無いわ。平気よ」
「そうですか」
 安堵したように言われると嬉しい。
「広場の方は?」
 ルイザが問う。この場所は街の入り口にある宿屋の前で、広場までは結構距離がある。
「凄く混んでるわ。曲芸師が来てるの」
 ようやく、町に着いたは良いものの、馬の番をルイザに無理矢理させられ、その為、広場に行きたいと言ったロナには、ティアの代わりにござるが護衛として着いて行った。だが、そこにござるの姿は見えない。
「叔父貴はどうなされましたか?」
 まさか、拙者に任せてござれと自ら引き受けた護衛の任を途中で放棄したりはしていないだろう。
「あ、叔父様? 叔父様は……しばらく別行動よ」
 ロナは、少しだけ言葉を濁してロナは答えた。
「別行動? いきなりですか?」
 そう訊ねると、少し驚いたような困ったような顔をした気がした。
「えっと、私が頼み事をしたの」
「頼み事? いつですか?」
「えっと……広場に着いてからだけど」
 どうしてティアはそんなことを訊くのだろうか。内容ではなくて……。
「俺も付いていくべきでした。こんな町中で護衛が務められないようでは」
 責めるようなティアの言葉にロナは少し背伸びして両手でティアの口を塞ぐ。
「……に……ん……すか……」
 ティアは上手く喋ることが出来ない。
「ティア。私と買い物に行きましょう」
 ロナは憤然と言い放つ。背後に視線を感じて、ロナは振り返る。
「あ、もちろんルイザもね!」
 ルイザがくすくす笑っていたので、慌ててそう言い繕った。
「もちろんですよロナ」
 ルイザがそう言って、ようやくロナはティアから手を離した。

「ヤーイーアー」
「イーアーヤー」
「アーヤーイー」
 まだ年端もいかない子供達の歌声が少しずつずれて広場に響き渡る。
 空は快晴。気温は適温。
 今日は何だかいつも以上に上手く歌える気がする。
「ヤーイーアー」
 心地よい空気を胸一杯に吸い込んで少年は歌う。
「ルゥ」
 隣で頬を紅潮させた少女が小声で話し掛ける。
「何?」
 歌の切れ間に問い掛ける。本当は舞台の最中にお喋りなんかしてはいけないのだけれど。
「団長が呼んでる」
「え?」
 団長が? 何の用だろう?
「あたしが代わるから」
 くいっと背中を押される。
「う、うん?」
 頭の中は疑問でいっぱいだけど、ルゥと呼ばれた少年はそっと舞台袖に向かう。
「ヤーイーアー」
 背中にくすぐったいような少女の歌声が聞こえた。

 この心にのしかかるもやもやとしたものは何だろうか。
 少し前からだ。
 自制が効かない。
 ……何だろう。
 段々ともやもやが降り積もる。

あとがき

2011年05月13日
改訂。
ルゥ登場!
2005年09月14日
初筆。

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