10章 大切な人 003

 「……大丈夫?」
 血まみれの死体……倒れた人がそこにあった。顔を近付けてみると、浅く、僅かに呼吸をしているのがわかる。
 ――そいつを頼む。
 風に紛れて微かに聴こえた。
「……お兄……ちゃん……?」
 皮肉に、嘲笑うかのような響きのある声。
「どこ……どこにいるの!? ……お兄ちゃん!」
 そんなに遠くはない場所に、探していた兄(ヒト)がいる。
「お兄ちゃん……!」
 僕を……置いていかないで――
 でも声は、兄の元へ……兄の心に届かないことはわかっていた。今まで通り、返ってくる言葉は無かった。
「……ぉにぃ……ちゃぁん……」
 むせ返るように感情が溢れるのに、不思議と涙が出ないのが哀しかった。
 ずっと昔……もう兄の顔すら覚えていないのに、心が欲す。
 たった一人の、血の繋がった人なのに。
「……なく……な……」
 死にかけた子供が言った。
「……え?」
「なく……な」
 もう一度声が聴こえて、足下の人間を見る。
「……もしかして、慰めてくれてる?」
 空耳だったらどうしようとか、そんなことは思い付かなかった。
「……また、会えるよね」
 兄はこう言った。
 ――そいつを頼む。
 頼まれたのは僕。頼んだのはお兄ちゃん。そして、そいつはこの男の子。
「僕に……」
 上手く言葉は思い付かなかった。
「……任せて」
 いつも兄を目指していた。高いハードルだったけど、人一倍努力した。いつか認めて欲しいと思って……。
 だからその時にこそ会えばいい。まずは認めてもらう努力を――

「なぁにそれ?」
「ん?」
 視線で指されて、少年は視線を落とした。
「えっと……」
 少年が答えにくそうにどもるので、今思い付いた言葉を口にする。
「もしかして……お守り?」
「お守り……」
 鸚鵡(おうむ)返しにそう言ったら、けらけらと笑われた。
「ずっと持ってるよね? 誰かに貰った?」
 少しだけ考えてから、少年は本当の事を言うことにした。
「……わからない。お前に助けられて、気付いたら持っていた」
「ふぅん」
 何かを見定めるようにして言葉を続ける。
「大事?」
 問われるまでもなく思う。
「大事……だと思う」
 訊かれていなかったが、何となく、理由を言わなければならない気がした。
「……これがあると安心する。理由はわからないけど……ずっと昔から一緒に在(あ)った気がする」
 根拠なんてなかったが、何かに見守って貰っている気がする。
 そんな風に思いながら、少年は首にかけたそれを外す。
「綺麗だろ?」
 ほらっと差し出されたそれは、陽光が入ってキラキラと輝く。
「触っていい?」
 悪戯を思い付いたように、にっと口の端を上げる。
「宝石みたいだね」
 それは色のついたガラスのようで、親指の爪ほどの大きさだった。
「ありがと。大事にしなよ? こんなに綺麗なのは、きっと他に無いよ」
 それを持ち主に返して言う。
「……あぁ」
 少年はそれを再び首にかけて、服の中にしまった。

あとがき

2011年05月28日
改訂。
2005年11月13日
初筆。

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