27章 表裏一体 002

 足元は灰や瓦礫で散らかっているが、前を歩くティアが横に避けて、通り道を作ってくれているので、とても歩き易い。
 時々、過去人間だったであろうモノもあったが、ティアがラムアには極力見えないようにしてくれた。
 だから、安心して前に進めた。
「へぇ、ここが。ふーん、成程」
 包帯で両目を覆っている癖に何が分かるというのか、そんなつっこみを入れたい気持ちを堪えながら、ラムアは自分の家だった場所を案内する。
 その足取りに迷いはなく、部屋ごとにつける説明も適切だ。こうしてティアと共にこの場所を歩いていると、様々な記憶が蘇ってくる。
 ティアと屋敷全てを使ってかくれんぼをしたことや、憧れていたダンスパーティー。それから、ティアと屋敷中を探検したことや、ティアを巻き添えにして屋敷を抜け出したこと等だ。あの頃は、ティアとずっと一緒だった。
 大人になるにつれ、その時間は減ったが、それでもずっと一緒にいられると思っていた。
「この部屋から向こうの角までは、全て客間よ。奥の方から身分の高い順に部屋を割り振るわ。お客様によっては二部屋使う方もいらっしゃるから部屋割はお客様の希望をお聞きして、一月前に決めるわ」
 そう言って、すぐ後ろを歩く、ラグの方に向き直る。
「成程。恥ずかしながら、ティッピアからは殆ど出たことが無いので、とても参考になります」
 ラグは、興味深そうに、ラムアの説明を聞いていた。
「そうなの? あたしと一緒ね」
 あの日まで、ラムアは鳥籠に閉じ込められた小鳥のようだった。
 屋敷の中と、その少し外しか知らなかった幼い自分は、ティアが領地を離れ、遠征に出てしまった時も、付いていくことは叶わなかった。
 それを今でも後悔しているけれど、一度死んだことで、サーファに連れられ鳥籠の外に出た。
 その代償はあまりに大きかったが、思い出して悔やんでばかりいるというのは性に合わない。だって、今はこうして再びティアの傍にいる。
 ちらりと視線を遣ると、ティアは行く手を阻む、焼け落ちた柱を退(ど)かせていた。
「ところで」
 ふいに、ラグが言葉を発する。
 その言葉が、やけに耳に響いた。
「私(わたくし)と貴女は近しい存在です」
 唐突に切り出した言葉は抽象的で、よく分からない。
「それは、故郷を出たことが無かったから?」
「いいえ」
 ラグの口調は淡々として、穏やかだ。一体、この少年は何歳なんだろうと、そんなくだらないことを考える。
「存在そのものが近しい、という意味です」
「存在?」
 怪訝そうに眉を潜めて問う。
「あたしがええっと……その、西の要の代理だからでしょう?」
 初めて会った日にラグは自分で東の要だと名乗ったのだ。
 だから、そう思ったのだけど、ラグはただ微笑みを浮かべていた。
「それもありますが、それ以上に我々は近いでしょう」
 思いがけず、強い断言に不審感を露にする。
「じゃあ、どうして?」
「今はまだ、説明しても理解出来ないはずです」
 それは短刀直入に言うと、馬鹿だということか。
「それじゃあ分から」
「どうか、表裏一体という言葉を覚えておいて下さい。必ず後で、その身をもって理解するでしょう」
 言い返そうと思ったのに。
「表裏一体……」
 その言葉を聞いた瞬間、ズキリと胸が痛んだ。
「そして、くれぐれも、貴女は貴女であるということを、確かに胸に刻んでおいて下さい」
 ラグの声音はずっと変わらない。だけど。
「貴方は」
 自分でも何を言いたいのか分からなかったが、言葉が溢(こぼ)れる。
 だが、あやふやなその気持ちを、上手く言葉に出来ずに言い淀む。
「あなたも……」
 言葉は上手く形にはならなかったが、だから、知っている言葉の中で、一番近いものを選んだ。
「…………哀しいのね」
 何故だかそう思った。
 難しいことは苦手だからよくは分からないけれど、そう思った。
「……」
 ラグは何も言わず、佇んでいた。
「あたしも、哀しいのかな……」
 声げほげほと咳をして、倒れるように、その場に蹲(うずくま)る。
「……ラムア様!?」
 少し離れた所にいたティアが、振り返って叫ぶ。
 急に涙が溢れ、止まらない。
「……へー……き」
 大好きなティアがすぐに駆け付けてくれたが、激しい頭痛がして、こめかみを押さえる。
 意識だけは、はっきりしているのに、身体がついていかない。
 すぐに、ティアが楽な姿勢にしてくれて助かった。
「血……」
 ティアの服の、肩のところに紅い染みがついており、それが自分のものだとすぐに気付く。
 どうしちゃったのだろうあたしは。
 はっきりとした意識の中でそう思う。
「ラムア様っ」
 ティアの声が聴こえたが、上手く返事が出来ない。
 これくらい平気だから、心配なんてしないで欲しい。
 だが、ぼとぼとと涙が溢れて、止まらない。
 何かがとても哀しくて、そして愛おしい。
 遠い昔の現実。
「少し、……夢をみようと思うの……ほんの、少しだけ」
 そっと瞳を閉じる。
 ティアがいくら呼びかけても、もうラムアは反応を示さない。
「ラムア様! しっかりして下さい……っ」
 過去がフラッシュバックする。
 大切な人を失った、あの日の光景が、強く脳裏に浮かぶ。
 あの日のように、再びその瞳が開くことがなければ、彼はどうなってしまうだろうか ――……?

あとがき

2011年07月24日
改訂。
2006年06月22日
初筆。
ラムアもピンチ。

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