2章 王女付きの護衛の手腕 003

「ねぇ、ティア」
「何ですか、姫」
 二人は町から少し離れた森の中を歩いていた。明け方にロナ達を襲った刺客共の死体の後片付けに結構な時間を費やしてしまったので、もう既に辺りは夕闇に包まれており、そろそろ日が落ちる頃である。
「……えっと」
 さっきは一緒に祈って欲しかったんだけどな。
 そう言おうとしたけど、口籠もる。
 ああいうのは心が篭っていなければ意味がないものなので、押しつけて無理にしてもらうことではない。だから、ここでロナが頼んで無理矢理祈って貰うのは筋違いだ。
 なので別のことを口にする。
「その、姫って言うの止めない?」
 先ほどの僅かな躊躇いは気に留められなかったらしい。ティアは素っ気なく返事を返す。
「では、何と?」
「そうね……ロナと、呼び捨てでいいわ」
 元々、畏(かしこ)まれたりするのは苦手なのだ。そんな余計なものよりも、飾らない言葉で、本当のことを言って欲しい。
「分かりました」
 そうは言ったものの、ティアとしてはそんな気安い間柄になったつもりは、毛頭ない。
 どう対処しようか考えあぐねていると、ティアの傍でチャリと金属が擦れる音がした。
 その小さな音に反応して、ロナが振り返る。
「あら……その剣」
 ティアの腰に下げられた剣は二本だ。黒っぽい細身の剣と錆び刀が一本ずつ。
 だが、普段ティアは一本しか使わない。先程の戦闘でもそうだったので、それはロナも知っていることだった。
 だから先手を打たれる前にと、ティアは一言説明する。
「先程の魔剣です」
「どうして持ってるの?」
 ロナはパチパチと瞬きをして、心底不思議そうに問かける。
「……」
 まさか落ちていたから貰った、とは言えない。
 少し迷ってティアは言った。
「あの場に放置するのはどうかと思いました。……剣は使われるためにあります。使われないと……剣が可哀想です」
 ただの思い付きではあったが、何だか真実味がある。そして事実、ロナの蒼い目が和らいだ。
「ティアって優しいのね」
「別に……そんなことはありません」
 それは、今思いついただけの単なる言い訳にすぎないのだから。
 でも、ありがとう、とロナは言う。
 どうしてかは分からない。感謝されることなんてしていないのに。
 それに……拾ったは良いものの、ティアには、その剣を使うことが出来なかった。
 この剣は、イチゴショートなどというふざけた名ではあっても、魔剣は魔剣である。
 魔剣は力の行使者を選ぶ。
 剣によって、その条件は違うが、共通して言えるのは、ある一定の条件を満たした者にしか、その剣本来の力を発揮することは出来ないということだ。
 魔剣イチゴショートの適合者の条件はまだ分かっていないが、少なくともそれは、ティアを選ばなかった。
 しかし、だからといって捨てるわけにもいかない為、大きな町に着いた時にでも、専門家に鑑定してもらおうかとは思っていた。

 ところで、この姫君の順応力は驚く程に素晴らしかった。
 今まで野宿などしたことも無い癖に、野宿の日は率先して灌木に自分の身を委ねて、目を閉じる。彼女が寝付くのはとても早く、十数える間もなく寝息が聞こえる程である。ロナは異常なくらいに寝付くのが早かった。

 ある日、夜中にふと目が覚める。
 夜通し燃やされた焚き火の炎の奥で、幻想のように映るのは黒い髪の青年だ。炎を挟んで向かいで休む彼は野党や獣やらが来ないようにと、いつも夜を徹して火の番をしていた。
 その横顔が、微かに濡れて見えたのは、気のせいだろうか――?
 もう少しちゃんと見たいと思ったが、まどろみの中、このはっきりしない意識の中では思うように身体が動かない。
 もしかすると、心を開いて欲しい、という気持ちが見せた幻なのかもしれない――
 何となくそう思いながら、異端の姫君は再び、ゆったりとした眠りに堕ちて行く。

 そして、姫君の朝はとても早い。朝は朝で日の出と同時に起き出し、身支度を整えた後、消えかけた焚き火の傍で、うとうとしかけていたティアに、おはよう、とさっぱりした顔で笑いかけた。
「おはよう……ございます」
 出発間際に、ロナに起こされたティアが戸惑いながら、返答してくれたのが嬉しかった。

あとがき

2011.03.31
改訂
まさかの1年放置…。ファイルも用意してあったんだけど……。
2011.03.31
改訂
2007.08.21
アリアス城は城下町に、城下町は森に囲まれているのです。
ティアはイチゴショートが使えない。でも、一応現在の所持者。
ロナは野生児。早寝早起き。寝起きは良好。

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