11章 再会 003
「初めまして坊や。あたしの名前はラムア。ラムア・ゼアノスというわ」
優しく笑んで、その人はさっさと自己紹介を済ませる。動作は優雅で、何だかお姫様のようにも見えるのだが、その笑顔は何だか有無を言わさないといった感じで、ルゥもとりあえず名乗ることにする。
「えっと……ボクはルゥです」
「ルゥね。よし、覚えた。宜しく」
ラムアはティアにべったりとひっついて離れようとしない。子供のルゥの目から見ても、二人の間に何かあるのは一目瞭然である。
「……はい」
ルゥは何だかそれが嫌だった。
「ん? なーにティア? あたしの顔に何かついてる?」
「え、いえ……」
ティアはかつてない程に困惑していた。
いるはずのない人が目の前に……否、自分の隣に――彼女の指定席にいる。
「貴女は本当に……」
本当かどうか確かめたいのに、言葉が続かない。
嘘でも真でも、声に出したら、壊れてしまいそうで――
ティアは、知らずの内に拳を強く握った。
「ラムアよ。あたしは。……貴方は、婚約者のことも忘れちゃった?」
上目遣いに問われる。涙で潤んだ瞳は淡い緑色。光が入ると金色に近くなる。
暫くの間視線を合わせた後、ティアは瞳を伏せた。
「すみません。まだ信じられなくて……」
喜ばしいことなのに、心にぽっかりと空洞が空いてしまったかのような虚しさがあった。
「ティア、貴方の心は……」
僅かに哀しく微笑んで、言い淀む。
「まぁいいわ。それより、これからのことを考えましょう? ルゥはティアとどういう関係?」
「えっと、旅の仲間です!」
胸を張ってそう答えた。
自然と敬語になってしまうのは、ラムアの醸し出す威圧感のせいだろうか。
「旅の仲間……ねぇ」
ラムアはティアに目配せする。
「あ、えっとこの子供は……アリアス国第六王女の……」
……何だろう。
ティアには知らされていない。
ちくりと棘が刺さるようなそんな痛みを覚える。
「……知り合いです」
多分。
それ以外には知らないのだし。
「知り合い……ね」
ラムアは何かを見定めるように、ほんの少しの間、目を細めた。
「で、その王女様とやらはどこかしら? 近くにはいなかったようだけど……。ティアは、その王女様とはどこで知り合ったの?」
そんなつもりは無かったのに、つい棘を含んだ言い方になってしまった。
「それは……。察しておられるかと思うのですが、俺は、貴女と離れている間に軍に入りました。そして先日、王命を受け、異端と呼ばれる第六王女の共として、城を出ました。この子供を預かり、数刻前に別れました」
「そう……心配掛けたわ」
ラムアは元の表情に戻ってそう問う。
「ティアおにぃちゃん、ラムアおねぇちゃん。ボクは……ロナおねぇちゃんのところに行きたいです」
ルゥは、不安そうに、だがはっきりとそう言った。
振り返ってはいけない。
振り返っては――
ルゥは膝の上で握った拳を、手が白くなるまで握った。
「ラムア様」
今度ははっきりとそう呼んだ。
「俺を行かせて下さい。俺が守らなければならなかったんです」
真摯な瞳が気に障る。
――そんなにも王女様に会いたい?
そんな言葉は形にならず、澱のように心の奥底に積もる。
「あたしも……一緒に行ってもいい……?」
片方だけのエメラルドに光が入った。
「勿論です」
ティアは驚いたようにそう言う。そして、さも当然のことように続ける。
「俺の忠誠はいつも貴女の元にあります」
ティアは僅かに、視線を逸らす。
「ただ、今の主は第六王女でもあるのです」
「……そう」
ラムアはそれっきり興味を失ったかのように呟いた。
「それで、その王女様はどこにいるの?」
「広場にあった天幕で別れたので、先程の広場に戻ろうかと……」
「でも……あそこには、もう誰もいないよ」
はっきりと、ルゥが言う。
「え……?」
どうしてそんなことが分かるのだろう?
「さっき、軍が来ていた。逃れた人は多分提供して貰った避難場所にいるよ」
「軍が……」
広場では一体何があったのだろう。
あの襲撃は何だったのだろうか。
売り上げ金を狙った賊の仕業か、それとも――
今は、町のすぐ近くの森の入り口にいるから、現場の様子は分からない。だが、時折吹く風は乾燥していて、少し焦げたような臭いが混じる。
「ロナおねぇちゃんは無事だよ」
剣が教えてくれる。
――よかった……。
ティアはそっと安堵の息をついてから、立ち上がる。
「……では、その避難所に行きましょう」
あとがき
- 2011年06月01日
- 改訂。
- 2005年11月20日
- 初筆。