7章 因縁002

 さっきから視線を感じるのは気のせいだと信じたいが、それは無理だろう。
「ティアくんティアくん」
 何しろ小一時間程度無言で見つめ続けられて、飽きたと思えば、今度はしつこく呼び続けられるのだから。
「何だ」
 うっとうしいという言葉は省略する。
 そんなことを言えば、余計に五月蝿(うるさ)くなるだろうことは目に見えている。ティアが反応を示したのが余程嬉しかったのか、ルイザはにっと笑って白い歯を見せる。
「三十八回」
 ティアが眉間を寄せると、とても満足そうである。
「撲がティアくんの名前を呼んだ回数」
 いつの間にそんなに呼んでいたのだろうと考えてしまいそうになっだが、止める。
「用件は?」
 ティアの声は不機嫌そのものだ。ルイザはそれが楽しくて仕方がない。
「昔話をしないかい?」
 人指し指を口の前に立てて、みずみずしい果実の房のような唇がそう綴る。
「昔……話?」
「そう、昔のお話を……ね」

 言葉が紡ぐは不思議な音律。
 空中にきった印に静かに応じ、不思議はその威力を増す。
 唄は不思議の一種。
 唄を唄えば不思議になる。

 「昔々あるところに、一人の小さな男の子がいました」
 そう言ってルイザの昔話が始まった。
「男の子は代々ある貴族を守る一族として、そこにありました。そしてその男の子が守るべきだった貴族は自分よりも年下の、小さな姫君でした」
 ルイザはとても心地よい声音で語る。
「そしてその男の子と姫君は親同士が決めた」
「婚約者」
 ルイザの声にティアの声が被る。
「お前、何者だ?」
 ティアの黒い瞳がルイザを睨みつけた。
「僕? 僕はしがない馬屋だよ? そしてロナちゃんの言葉を借りるなら、旅の仲間だよ?」
 いつの間に仲間になったのだろうか等と考える余裕は無かった。ただ、その余裕の笑みが気に障る。
「今の話をどこで」
 ティアは左手で外しておいた鞘を掴み、いつでも剣を抜ける状態にする。
「どうしたの? あ、もしかしてティアくんが知ってる話でつまらなかった?」
 知ってるも何も、その話に出てくる男の子はティア自身のことなのだ。
「答えろ!」
「あー怖い怖い。この昔話は僕が祖母から聞いたものだよ? 一族の……血の枷に縛りつけられているはずなのに、その呪縛をを全う出来なかった男の子の話はね」
 微かに口の端を上げる。
「お前……!」
 ティアが剣を抜いてルイザに斬りかかる。

 人には触れてはいけないことがある。
 忘れたい、忌々しい過去――特後悔や自責の念、そんな負の感情が纏わりつくものには。

「……防御(アデルラ)!」
 目には見えない壁が、ティアの剣を弾く。
「……くっ」
 こんなにも取り乱して剣を使うのは、何時ぶりだろう。
「無駄だよ。君の剣じゃ魔法に勝てない」
 すっと目を細めて、ルイザが笑う。
「僕は成長したからね」
 ティアが体勢を立て直し、再び斬りかかる。
「防御(アデルラ)の効果はすぐには切れないよ?」
 何度も繰り出される攻撃が見えない壁に弾かれるのを見て、ルイザは小首を傾げてくすくす笑う。
「お前、何が目的だ!?」
「目的?」
 ティアはギリギリ剣の届かない位置まで下がって問う。
「僕はティアくんと仲良くなりたいだけだよ?」
「ふざけるな!」
 人の封じたい過去を再び快り出すような、そんなことをして、仲良くなりたいだと?
「うん」
 ルイザの口元には笑みすら浮かんでいる。
「僕はティアくんと仲良くなりたいんだよ?」
 だってあの日、自分に誓ったから。
 ティア・セオラスを見返してやるって。
 三年前の十六の誕生日にティアが僕の前からいなくなった時から――

あとがき

2011年05月17日
改訂。
ルイザは喋り方が安定していない感じの方が怪しくっていいんだけどな。
2005年09月28日
初筆。

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