33章 進展 003

「それで、サーファお兄ちゃん」
 ルゥは口調を改めて言う。
「ロナおねぇちゃんのことだけど……」
「……」
 サーファは、赤い瞳を伏せて思案し、ルイザが不安そうに二人を見つめた。
 だが、言葉を発する前に扉が開き、複数の足音が入ってくる。
「彼女については、私(わたくし)が説明致しましょう」
「……! ラグ!」
「ティアも」
 ティアはルイザに一瞥をくれると、もう一つのベッドに背負ってきたラムアを寝かせる。
 ルイザは身を乗り出し、ティアの手元を見る。
「あれ、ラムアちゃんは……どうしたの?」
「分からない。……ずっと眠っている」
 素っ気なく溢(こぼ)れた言葉とは裏腹に、表情はかなり不安げだ。
 ルイザが何か言うより早く、サーファは自身に確認するように呟いた。
「ラムア……そうか、貴様がティア・セオラスか……」
「?」
 その言葉の意味をティアが理解する前に、最後尾にいたござるが、少しだけ喜色を含んだ声でサーファに話し掛ける。
「スティアス殿、戻っておられたのか」
 サーファは思案を止め、そちらに身体ごと向き直る。彼が王族であることは覚えていたので、自然と身体は動く。
「はい、先程。……その白い少年に助けて頂きました。しかし生憎(あいにく)、一部の記憶は抜け落ちたままです。そして……そこの彼を最後に見たのは、もうずっと前です」
「……!」
 ティアははっとして、敵(かたき)であった男を見つめた。
 きっと彼が言っているのは、あの憎い日のことだ。あの日、ティアは最愛の人を失ったーー
 ラムアが目を覚まさない今、それは思い出したくない事柄だ。
「そうでござったか……」
 ござるは明らかに落胆したような様子で肩を落とした。
 だが、それでは事態は進展しない。
 ティアは嫌な感情を振り切るた為、ラグの方に視線を戻すと、口を開いた。
「それで、ロナ様は」
 皆それぞれに言いたいことはあったが、取り敢えず全てを呑み込んで、ラグを見つめる。
「断定はできませんが、彼女は恐らく無事でしょう」
「良かった……」
 ルイザが呟き、他の者も少し安堵したような表情(かお)で頷いた。
 だが、ティアは険しい表情で問い質(ただ)す。
「何故、そう思う?」
「今この場でお話ししている話は全て仮定であり、全ては私の想像でしかありませんが、可能性としては、十二分に考えられることです」
 ラグは動じずに淡々と語る。
「もし、仮に私(わたくし)が嘘をついていたとしても、私(わたくし)には何のメリットもありません。ここにいる全ての人間が、事態について把握できていない今、私の言葉こそが信用して頂ける唯一の事象かと思います」
 その言葉にティアは黙り込み、無言で続きを促した。
「異端の姫君と始まりの魔術師殿は、恐らく王宮にいたのでしょう。そこで予期せぬことが起こり、始まりの魔術師殿は記憶を無くした」
「王宮に?」
「はい、彼は王宮の近くの私の結界の中に迷い込んでいました。ですので、王宮にいたと推測されます」
 サーファはあの暗闇を思い出す。
 あれは、そんな場所だったのか、と同時に考える。
 いつから自分はあそこにいたのだろうか? どうしてあんな場所(ところ)にいたのか?
「結界……というのは?」
「仕組みを話すと長くなりますので、要点だけを言うと、その結界は王宮の地下にあるという表現が一番近いでしょう。ですが、それは実際に地下室を作っている訳ではなく、仮想空間……謂(い)わば魔法で作りだした特別な空間のようなものです。その結界に、彼が迷い込んだ、と」
 初めて聴く内容の話に興味が湧いたが、今優先すべきことは他にある。
 サーファは記憶を探るが、暗闇だったことしか思い出せない。
「その、予期せぬこと、っていうのは?」
「分かりません」
「分からないって」
「当事者の一人が記憶を失っている今、それを知るのは、異端の姫君だけでしょう」
 自分の記憶はどれほど欠落してしまっているのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていたが、その間にも話は進んでいく。
「そして、私の話の全ては憶測でしかありません」
「で、ロナは今どこにいるんでござるか……?」
「私の結果に入ったのは一人」
 ラグは人差し指を口元に当てて微笑む。
「……ということは、王宮で二人は別れた」
「それって……」
 疑問がいくつも思い浮かんでは消える。サーファの記憶が欠落している今、どれも答えは無いだろう。
「それが、本意だったのかは分かりませんが、今知り得る情報を照らし合わせて考えると、そうなるでしょう」
「王宮で、何かが起こって、ロナは怪我をし、お兄ちゃんは記憶を失った……」
 ルイザは、不安そうに兄を見つめた。
「あるいは、初めから王女は王宮に行っていないか」
 サーファは口を開き、寄りかかっていた壁から身体を引き剥がす。
「ええ」
 ラグは頷き、そして続ける。
「憶測はここまでにしましょう」
「……?」
「彼女は、この世界に無くてはならぬ存在です」
 ラグの話は抽象的で、要領を得ない。
「ですので、その使命を果たすまで彼女は死なないでしょう」
 だが、話し振りには迷いが無く、言葉の一つ一つに強い意志を感じる。
「それが、この世界の理(ことわり)というものでしょう」
 ラグが、何かを知っているのは間違いなさそうだ。

あとがき

2013年05月16日
初筆。
この辺から話の核に入ると思う。
でも続きがまだ固まっていない。
ラグの立ち位置がどうなるかなぁ……。

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